タブーに挑戦した話のつづき。妄想の中の親のイメージで、自家中毒を起こしていた私。
ついに夕方6時を過ぎた運転は、点灯が必要になってきました。
’それなりに’うまくいっている→を→’おもいっきりしあわせに
こんにちは、カウンセラーいなこです。
日々車に乗っていると、同じ道、同じ時間でも、日の差し込む角度や明るさが季節の進み具合によって微妙に変化してくるので、すごく季節を感じます。
こんなこと、去年も書いた気がするな。
車の運転は、今の私の生活の中では、1番季節の移ろいを感じるときかもしれない。
さて、昨日の話のつづき。
自分のタブーだった、「親に助けを求めてみる」をやってみた話です。
仕事帰りに実家に行くと、母はまだ買い物から帰っていなくて、父だけでした。
「おう、早かったな。お母さんまだ買いもんや。もうじき帰ってくるわ。」
と父。
今日のターゲットはあんたなんだよと思いながら、雑談しつつ、切り出すタイミングを計る私(笑)。
私、親が好き的なこと書いてますけど、表面上の態度は思春期なんです。
パパ、ママ大好き〜って何でも話す感じじゃなく、エリカ様くらいのツン具合。
「別に。」くらいの感じなんです。
照れくさくて。
こういうところも、まだ親と、1人の大人と大人として付き合えていない気がしますね。
親を1人のただの人として見られていないんでしょうね。
だから、「助けて」どころか、それ以外の話もすごくペラペラ話すわけではないのに。
乗ってきたら話すこともあるけど。
でもまあやるしかない、母もいないしちょうどいい。
今回の課題は一応、父に
「どうやって生きていったらいいかわからない」
と言ってみるというものなので。
母が入るとまた話の向きがちょっと変わってくるんで(詳細は後述・笑)。
この前読んだ、祖母の手記に書いていたことなどについて話しながら、話が途切れたときに言いました。
A.すごく心配される。取り返しのつかないことをしてかわいそうにと、心を痛めながら慰められる。
B.ほら言わんこっちゃない、前のとこで地道にやっていったらよかったのに。ええとこやってんから。まあもうしゃあない。過ぎたことやねんから、今のとこでがんばらな。とか言われる。
という反応が返ってくる覚悟をして(笑)。
「お父さん仕事楽しかった?
もう仕事したくないわ。」
↑不愛想w
「なんや、仕事しんどいんか?」
みたいなことを父は言ったかもしれません。
「しんどいっていうか、楽しくない。
仕事したくない。
どうやって生きていったらいいかわかれへん。」
とにかく思春期なので(ババアだろ)、ことば少なにそんな風に言っただけなのですが、まず返ってきたのがこんなことばだったんです。
「そんな先のことまであんまり深刻に考えんでええねんで。
もっと気楽にいったらええねん。」
え?
以下、父が言ったことを覚えているままに書きます。
「人間なんて1年経ったらだいぶ変わるもんや。何があるかわかれへんで。」
「シングルやから寂しいこともあるやろうけど、家族おらん分、気楽やし好きなようにやりやすいやんか。
また心の通じ合う人もできるかもしれんし、人生どうなるか誰もわかれへんで。」
「お父さんも自慢できへんけど何回も転職してるけど(←私よりもっとしてますw)、どんなに嫌で辞めても次行ったら前のとこがよかったて思うもんや。
みんなある程度したらどっかで落ち着くんやけどな。」
などなど、私の予想に反して、100万倍くらいすごく楽観的だったんです。
ほら、軽はずみに転職するから、言わんこっちゃない、とかわいそうがられるかと思ってたのに!
ぜんぜん父に深刻さはなく、動揺もしていませんでした。
そういうこともあるよ、でも人生何とかなるもんや、みたいな感じ。
え?この件で、深刻になってたの私だけ??
これは、その程度のことなん??
ところどころ、「うん」、とか、「いや」とかはさみながら、時々涙が出そうになるのをこらえて聞いていました。
転職するとき、母にはチラッと理由を言ったけれど、母がその後家に帰って普通に勝手に父に言っていたので(そういうとこ・笑)、父には転職理由をちゃんと言っていなかったんですね。
聞いても来ないし。
なので、
前の職場はなじんでるし辞めるのさみしかったけど、このまま何となく過ぎていくのが嫌だった、
副業できるから今のところに変わった、
本も書いてる先生(←根本さんのこと)のところでカウンセリングの勉強してる、昔心理学好きで大学でも専攻してたから、
と、カウンセラー活動のことも勢いでちらっと言ったんですね。
そしたら、
「お父さんよう知らんけど、それってすごくこれからの時代に必要なことやんか。
どんどんそんなことはしたらええねん。
そのうち有名になったらテレビのコメンテーターにも呼ばれるかもしれんへん。」
と(笑)。
いや、夢みすぎ(笑)。と返すと、父は一瞬笑いながらも、割とまじめな顔で、
「いや、夢ってそれぐらい大きく持ったらええねん。」
と。
「あんたはしゃべりもできるし頭もええし漢字も書けるねんから(←レベル低w父と比べたら、ということですあしからずw)、それはあんたの武器やで。
そういうのどんどん生かしていかな、はっきり言うてもったいないで。」
と。
え?
そうなん??
そんなお気楽に夢みてよかったん???
もうね、私の予想って何だったんでしょう。
親は、私が幸せでないと悲しむ、
だから私はいつも幸せで、
ひょうひょうと生きていなければいけない、
失敗してはいけない、
親に心配をかけたくない。
そう思って、親に相談もできなかったんですね。
皆無とは言わないけれど。
いつもひょうひょうとこなせる自分でいようとしてたんですね。
だから弱みを見せられなかった。
だから失敗とか後悔が、異様に怖かったのかもしれません。
その、「私が幸せでないと親は……」の「幸せ」も、そもそも、
「こういう状態を親は幸せと思うだろう」
と私が私の頭の中で勝手に想像して作り上げただけのものだったんです。
でも親は、そんな狭義な幸せを子どもに望んでいたわけじゃなかった。
好きに気楽に生きたらいいと思っていたみたいなんです。
そして親は、
やっぱり人生の先輩で、
人生にいろいろあることは百も承知で、
だからもちろん自分の子どもにもいろいろあるであろうことも百も承知で、
そんなことで動揺なんてしないんですね。
いやもちろん、命にかかわることとか、事の重大さによっては動揺するでしょうけど、ちょっとした人生の迷い道に入ることくらい、織り込み済みなんですね。
私が思うほど、弱弱しくなかったし、もっと希望を持っていたんです。
何と、若い私よりも(爆)。
父の苦労した話とか、母の心配する顔とか、そういうののインパクトが強くて、そこを膨らましていたんですね。自分の中で。
この転職のことで、そんなに深刻に、道を誤ったかもとか思わなくてよかったのか、
誤ったとしても、どうとでもなるのか?
こんなことでこんな深刻になっているのは、この世で私だけ?と、
いい意味で一人ぼっちな感覚になりました(笑)。
気が楽になりました。
……ということは、やっぱりそれだけ想像の中の親の期待を背負って生きていたということですけどね(ーー;)
あとはそれを処理せねばいけぬかも。
さんざんやったと思ったのになー。
途中から母も帰って来て台所でご飯を作りながら聞いていて、
「大企業でいいお給料もろてても、辞めたいて思てる人もいてるよ、みんなおんなじやよ。」
とか、
「今はコンピューターの仕事(←SEのこと?w)でも田舎でしてる人もいてるし、考え方もいろいろやわ。」 ←そういう話ではない、なんかちょっと違うw。
とか加勢(?)してくれました(笑)。
母は入ってくるけど、思いついたままに言って、でもちょっとずれてたりするんですね(笑)。
女性性の人だから?
思いつきで話して支離滅裂になるのは私も人のこと言えないですけどね(^^;;
だからとりあえず先に父と話しておきたかった(笑)。
人の記憶って、あてにならない。
というか、
「きっとあの人はこういうだろう。こう思うだろう。」
というのは本当にあてにならないのかもしれません。
自分が印象に残ったところを拡大してさらに増大させて、その妄想に自家中毒を起こしていたりするんです。
だから、特にネガティブな想像を持っていることほど、本人に確かめた方がいいのかもしれない。
相手を問い詰める、という形ではなく、「私困ってます」、「悲しんでます」、「助けてください」と、自分の弱さをさらけ出す形でね。
ちょっと勇気を出すだけで、コロッとあなたの世界が反転するかもしれません。
というわけで、ヤタさんの宿題、またもや だーいせーいこーう!(笑)
報告とお礼と、さらにダメ押しで親の手放しをやってもらうために、もう1回カウンセリングお願いしようかなあ。
とヤタさんの宣伝ばかりしていますが、私も9月のカウンセリングを募集します!(笑)
また1つ自分がクリアになりましたので、何だかいろいろ背負っちゃってそうな気がする同士の方、ぜひお話にいらしてくださいね(^▽^)
9月1日(水)21:00〜 募集いたします。
今日はここまでで。
月末業務の勢いで書きました。おやすみなさい。
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