【ご相談】自分にとって影響力のある人に、頭ごなしに否定され続けてきた。―あなたが見上げ、追いかけてきた人も、完璧ではないことを知る―
仕事が終わって、仕事用のBABY-Gを外す瞬間の開放感が最高に大好きです。
それが金曜ならなおさら。
‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに
こんにちは、カウンセラーいなこです。
さて、兄や姉、親といった、幼い頃に間近で見上げていた年上の‘大人な’存在の影響力は大きいものです。
その頃の感覚って、意外といつまでも抜けずに持ち続けていることも多いのですが、人生に不具合が起こったなら、それはもう、アップデートのし時です。
子どもの自分には、完璧で立派に見えていた人も、ただの人だったんだと気づくことができれば、その人の未熟さも、その人を完璧と思いこんでいた自分のことも許すことができます。
ということで、本日は オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェにいただいたご相談にお答えします。
▽元のご相談文はこちら
自己否定うながし言葉に対する心の守り方 - ココロノマルシェ
※オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェでは、根本裕幸お弟子さん制度を修了したカウンセラーが、無料で相談にお答えします。
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【ご相談】自己否定うながし言葉に対する心の守り方
事の発端は
先日、資格をとったスクールの先生からお仕事の依頼をいただいた事でした。
興味がある内容だったので、プロジェクトに参加したい旨と「拘束時間はどれくらいですか?」と質問をしました。
私の中では何の気なしに言ったことが先生の琴線に触れたのか
「拘束時間って言い方…」と言われ、
結局他の方に回ってしまうことに。
これだけが原因ではないかも知れませんが、私にはどうしても言葉のチョイスが先生の価値観と合わずに外されたようにしか考えられませんでした。
それと同時に、とんでもない瞬発力で殺意のような物が湧いてきたんです。
瞬間湯沸かし器のような怒り!笑
「は?うっざ!何だこいつ。何様だよクソが」くらいは0.3秒くらいで頭をよぎりました笑
勢いで暴言吐いてブロックしちゃうトコでしたが、はたと立ち止まり
何だこの強い感情は?と、とりあえず怒りは一旦置いといて、私は何にこんなに怒っているんだろう?と探ってみると
ウチのお姉ちゃんに物言いがそっくりだったんです。
それ、どうかと思う
何で気遣えないの?
お前のそういうトコだぞ
そんな否定を30年近く受け続けてきました。
何でだ?と考えた時に、自分で自分を否定するように組まれたこの手の言葉が大っ嫌いなんだと気が付きました。
言ってる側は、やんわりした物言いですが、明確な根拠なく「お前の何が悪かったのか考えろよ」と言ってるだけじゃないですか
(自分が気に食わなかっただけなのに!)
「自分が気に入らないから止めろ」「直せ」と言ってもらえれば、私にも従うかどうかの選択肢があるのに
「胸に手を当てて考えろ、どうかと思うぞ」と言われたら
有る事無い事いろいろ考えてしまって、自分を否定しなくて良いところまで、心配しなくて良いところまで考え込んでしまうと思うんです。
私はずっと、自分は世間知らずで常識知らずの、仕事も続かないろくでなしの社会不適合者だと思いながら生きてきました。
それでも自分が悪いと心から思えない、でも続かないんだから私が悪いんだと悩み続けてきました。
私は、
・納得いかない暗黙のルールや、無意味だと感じる制度に対する対抗心
・同調圧力に対する嫌悪(誰しもが多少感じているとは思うのですが、組織に1年半いれれば上出来レベルの我慢のなさです)
・目上に対する期待値の高さ(目上の人は人間関係で決して間違いを犯さない、さぞ素晴らしい人格者なのだろうと思い込んでいる)
等から、中々仕事が続きませんし、先生ー生徒のコミュニティも苦手です。
みんなが信者みたいに見えて、気持ち悪くなってしまいます。
何でそんなに闇雲にイチ人間を信用できるのか、委ねられるのか疑問なんです。
でも、私もそれをしてみたい、どんなに気持ちが良かろう
どんなに安心できるだろう
素直に目上の人に頼って、信用できるのってどんな気持ちなんだろう
羨ましくてたまりません。
そして、私はいつも心の師匠を探しています。
誰もそんなクソでかい感情でやってないとは分かっていても…
誰にも気を遣いたくない思いと、目上の人に可愛がられたい思いと
人に選ばれたい渇望と、こんな私は誰からも選ばれないんだという自己否定を繰り返しています。(受験も恋愛も家族の愛も自由も、自分が望んだものが手に入ったことはありません)
一方で、私はかなり自分をシスコンだと思っています。
今までの人生、お姉ちゃんと二人暮らしをしていた大学4年間が一番キラキラした思い出です。
私の人生の原動力は、お姉ちゃんの苦しみ悲しみ葛藤を取り除くことでしたが(仕事を決める時や人生の目標を振り返ると、いつもお姉ちゃんがいます)
そんなお姉ちゃんも結婚し、私には大きな喪失感だけ残りました。
母は私を理想の良い子、だけど感受性豊かで攻撃的だと思ってます。(単身赴任の父の代わりに母の子守りをしたのは私)
父や祖父母とは疎遠感があります。心配かけまいと良い子にしてきたので、愛されてるのは分かっていても何を話して良いのか緊張します。
姉は私を暴れん坊、自己中だとよく言います。憧れの女王様に否定されてる従者みたいに感じる
妹には申し訳なさがあります。私の荒れ狂う感情をや理不尽な欲求をぶつけてしまいました。
家族の中に私を理解している人はいないと、ずっと孤独です。
この自己否定の瞬間湯沸かし器は、どうしたら治るんでしょうか…?
みそこさん
【いなこからの回答】
みそこさん、このたびはココロノマルシェへご相談をお寄せくださりありがとうございます。
いなこと申します。
みそこさんの怒り、このいなこがしかと受け止めましたよ!
でもその怒り具合とは裏腹に、「自己否定うながし言葉」というネーミングがかわいらしくて気に入ってしまいました。笑
さて、スクールの先生への怒りを、単に先生が嫌なやつとして終わらせずに、
これはお姉ちゃんとのシチュエーションに似ている、
そこに何かあるのでは……
とまで突き詰められたところからも、かなり心のことを勉強されているんですね。
このサイトを見つけられている時点で、きっとそうだと思われるのですが。笑
いただいたご相談内容を拝読する限り、みそこさんの推察通りなのかなと私も思いました。
お姉さんに、
>それ、どうかと思う
>何で気遣えないの?
>お前のそういうトコだぞ
といった、「自己否定うながし言葉」を30年近く受けてこられたんですね。
だけどその一方で、みそこさんはかなりのシスコンで、今までの人生で、お姉さんと二人暮らしをした大学4年間が一番キラキラした思いでともおっしゃっています。
みそこさん、お姉さんのことが大好きだったんですね。
お姉さんとはいくつ離れておられるのでしょう?
もしかしたら3つ、4つと大きく離れておられるのでしょうか?
いえ、たとえ年子だとしても、子どもの頃の1歳は大きいものです。
一番身近で、年の近い同性のきょうだいとは、比較もしやすく、自分が下の方であれば、憧れの存在にもなりやすいことと思います。
みそこさんは、そうやってずっと、お姉さんを下から見上げて、追いかけてこられたのかもしれませんね。
でも今や、みそこさんも立派な大人の女性。
みそこさんの中では、もしかしたら今もお姉さんは追いつかない憧れのイメージかもしれませんが、客観的に見れば対等な大人同士です。
子どもの頃は1歳年上なだけでも、体格や学習内容、遊びや環境もずいぶん違って大人に見えるけれど、大人になれば、1歳差なんて、あってないようなもの。
まあ、あってないようなものは過言かもしれませんが、大人になれば、5歳違っても、10歳違っても、対等に話もできるし、一緒の遊びもできるし、仕事もできるし、恋愛もできます。
中学生のとき、1学年上の、大人だなあ、かっこいいなあと憧れていた先輩も、今考えればただの中坊だったんだな。と思いませんか?笑
ということで、もうみそこさんは、お姉さんを下から見上げる存在ではなく、対等な大人同士なんだということなんですね。
「上から評価する姉」「下から見上げる妹」という上下関係から、
対等な大人同士の関係へアップデートする時がきたのです。
そう思って、過去のお姉さんのことばを振り返ると、お姉さんも、完璧ではなかったんですよね。
ただの人間だから。(誰でもそうですけど)
間違うこともありますし、未熟なところもあります。(誰でもそうですけど)
幼かった頃、若かった頃ならなおさら。
だからそんな、一・人間であるお姉さんの「自己否定うながし言葉」を、後生大事に信じ続けなくてもいいのです。
お姉さんから出た「自己否定うながし言葉」は、この世のたった1つの真実ではなく、
お姉さんがつい言いすぎちゃった、お姉さん自身に余裕がなかった、年下である妹が言いやすいのでつい強く言ってしまった、ぶつけてしまった、というだけのことかもしれないんです。
みそこさんが、
>自分は世間知らずで常識知らずの、仕事も続かないろくでなしの社会不適合者だ
と信じてこられたのは、お姉さんのことばの影響が大きいのかもしれません。
でもそんな自分が辛くなってしまう、自己否定を促すことばでも、ずっと信じてこられたのは、みそこさんが、お姉さんを大好きだったからです。
そして、お姉さんの期待に応えようとがんばってこられた。
同時に、お姉さんの言うようにできない自分を、責めてこられた。
そこに、みそこさんの大きな愛があります。
否定されても、それでも大好きで、お姉さんを責めるより、自分を責めながら、愛し続けたなんて、とても大きな愛です。
みそこさんは、愛する器が大きく、とても愛情深い方なのだと思います。
だからこそ、できたことなのだけど、自分のことも許してくださいね。
十分がんばってこられました。
そして、お姉さんの、「自己否定うながし言葉」たち。
大好きな人のことばだから、頭ごなしに自分を否定するようなものだったとしても、
「そうなのかもしれない」
と何とか咀嚼しようとしてきた。
でもやっぱり釈然としなくて、自分のことをわかってほしいという気持ちも残り、その葛藤が、
>でも、私もそれをしてみたい、どんなに気持ちが良かろう
どんなに安心できるだろう
素直に目上の人に頼って、信用できるのってどんな気持ちなんだろう
羨ましくてたまりません。
という今の葛藤につながっているのかもしれません。
ということで、お姉さんも、時には間違うこともあるただの人間であるという目で見直してください。
それは、他の、目上の人も同じ。
みそこさんも。
私以外の人はみんな。(うそです。私もです。間違いまくりです。)
で同時に大事なことは、それでも、人の価値には関係ないということです。
間違うこともあるけど、間違いに気づいたら、その時点で修正すればいい。
補い合えばいい。
そういう世界の方が、
他人に立派を求めて間違いに目を光らす、
その代わり、自分もけっして間違うまい、
1度でも間違ったら何を言われるかわらない、
という世界より気楽です。
そして、みそこさんの
>言ってる側は、やんわりした物言いですが、明確な根拠なく「お前の何が悪かったのか考えろよ」と言ってるだけじゃないですか
(自分が気に食わなかっただけなのに!)
「自分が気に入らないから止めろ」「直せ」と言ってもらえれば、私にも従うかどうかの選択肢があるのに
という記述。
その通りですよね。
みそこさんは、自分の課題と他人の課題をちゃんと分離して考えられていると思います。
それができるのは、愛ゆえに、理不尽な言われようも呑みこんできたみそこさんの才能です。
みそこさんは、上っ面のことばだけでなく、人の心の芯の部分を洞察されている。
本質をつかんでいる。
私は、みそこさん自身が、「心の師匠」となる素質を持っていると思います。
みそこさん自身が、心の面で、パイオニア、リーダーとなり、
みそこさん自身が「目上の人」になって、みなを愛していく。
同調圧力なんかかけずに、
心の芯から触れ合えるコミュニティを創っていく側になれる素質があります。
とても素敵なリーダーだと思います。
たとえ社会的な立場的は、目下であったとしても、
「自分が欲しい世界を創る」という点ではリーダーシップをとってみてください。
自分の才能をもっと信じて、その大きな器を生かして。
そんな人は、上の人から見ても貴重な存在ですし、
社会的な立場の上下関係なく、上からも下からも、慕われ、愛されることと思います。
>でも、私もそれをしてみたい、どんなに気持ちが良かろう
どんなに安心できるだろう
素直に目上の人に頼って、信用できるのってどんな気持ちなんだろう
羨ましくてたまりません。
と素直な自分の気持ちを認められるみそこさんもとってもかわいらしく、
愛される要素満載です。
ずっと応援しています(^▽^)
ご相談ありがとうございました!!!
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「やわらかい関西弁が聞き心地よい」とのありがたいお声をいただいています(‘∀‘)
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