'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

【ご相談】夢を追って安定した仕事を辞めたことを後悔する気持ち。〜何歳で何をしたって自由です。自分の決断に罪悪感を持つ必要はない。〜

【ご相談】夢を追って安定した仕事を辞めたことを後悔する気持ち。〜何歳で何をしたって自由です。自分の決断に罪悪感を持つ必要はない。

 

 

 

吉瀬美智子さんが美しすぎる。

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

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さて、あなたは、自分の過去の決断に後悔はありますか?

自分がした過去の決断を後悔し、まちがったことをしてしまったという罪の意識があると、すごくエネルギーを消耗してしまいます。

それはもう、その決断をした本来の目的や喜びも見失わせてしまうほどに。

だけどどんな時も、自分でした自分の決断に、罪悪感を持つ必要なんてないんですよね。

何歳でどんなことを思って何をしようと、自由なんです。

ということで、オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェへお寄せいただいたご相談にお答えしました。

元のご相談文はこちら

 

 

【ご相談】 仕事を辞めた後悔と執着の手放し

私には、舞台アーティストとして活躍し、それを仕事にしたいという願いが幼い頃からあり、5年前、40代にして安定していた仕事を辞め、思いきって上京しました。

しかし、行動したことに満足したからか、上京してからなぜか急にやる気がなくなり、もしかしたら、前の仕事を辞めたかっただけじゃないか?本当にやりたいことをやる!なんて仕事を辞めるための逃げだったんじゃないか?と思うようになり、それから、3年ほどは舞台活動をしていましたが、人間関係もこじれたり、妙なプライドからバイトも続かず、生活も困窮してしまいました。

そこから、やりたかったことを仕事にするなんて、やはり無理なのかもと思い始め、いろいろ行動してみるものの、そんな気持ちなので、うまくいくはずもなく、こんなことしてもどうせ無理、とか言い訳ばかりで、何もできなくなってしまいました。

地元で、趣味のようにやっていた頃の方がよほど拡がりもあって、本業だった仕事もやりがいがあったため、今では、毎日のように上京したこと、仕事を辞めてしまったことを後悔してしまいます。 周囲からも、「なんで辞めたの?もったいない!」とか「今からプロになるつもり?」と鼻で笑われたりして、自分の選択に自信をなくしてしまいました。

やりたいことができるはずなのに、ダメな自分を受け入れることができず、周囲にダメな自分を見せられず、見栄ばかりで、何も幸せを感じられなくなってしまいました。

こんなことなら、あのまま地元にいれば良かったと毎日のように後悔しています。

生活するためのバイトも、仕事があるだけありがたいと思いつつも、こんなところで何をやってるんだろ?私は何しにこんなところにきてるの?と自責してしまい、そんな日がもう2年近く続いています。 それでも、何か学びになるはずと自分を騙しながら日々過ごしていますが、本心では情けない気持ちでいっぱいです。 安定した仕事を辞めてまで始めるのだから、なんとしてでも成功したい、いや!しなくては!という執着だろうと思います。 趣味や副業ではなく、本業にすることでようやく認められるはず、だから成功しないと!失敗できない!こんなところにいちゃダメ!という焦りもあります。

いい仕事を辞めてまで、うさこさん、挑戦するなんてスゴーい!と言われたかっただけかもしれません。 自信過剰だったかもしれません。 でも、舞台の表現活動はやはり私には生きている証のようなもので、本当に幸せな時間であり、生きる歓びを感じることができるのです。

それほどにやりたかったことなのに、周囲の目を気にして、何もできなくなってしまい、現実は甘くなかったなあと感じ、 そもそもそんな才能もなかったし、地元でセミプロとして楽しんでいるくらいの器だったのかなあ、と考えてしまったりすると、なんだか悔しさと情けなさでいっぱいになり、自信もどんどん喪失してしまっています。 あの頃の方が良かったなと。

さらに、2年前には、東京で一緒にやろうと言ってくれてたパートナーから裏切られ、うつ状態が1年近くありました。今もこのことについて完全に立ち直れてはいません。

それでも、やはり、自分の才能を役立てたい、たくさんの人に楽しんでもらいたいと思うのです。

覚悟が足りないのかもしれません。表に立てば批判も称賛もあるはずですが、その両方を受けとる覚悟がないままで、地元の小さなコミュニティで、お山の大将のようにやっているくらいが身の丈に合っていたのかな?と思うと寂しく感じます。

このまま、諦めたくないと思いつつも、こうでなくてはいけない、という思いが離れません。 夢を叶えられなかった人、挫折した人って恥ずかしい、という考えもどこかあり、それが自分を苦しめていることもわかるのですが、 そこから解放されるにはどうしたらよいのでしょうか?

それでも、私は自分が夢を叶えて体現していくことで、誰かの背中を押すことができれば、と思っています。

誰からも頼まれていないのに、変な義務感のようなものですが、私にもできるかもしれない、と思って他の人も新しい一歩を踏み出してくれるといいなと。

でも、今の私には、「安定したところにいた方がいいよ、バカなことなんてしない方がいい!」って言うことしかできません。 やりたいことをやればいい、なんて説得力の欠片もありません。

私が成功しなくちゃという縛りから抜け出すことだと思っているのですがどうしたらよいのか分からないのです。 やはり成功したいからです。 しかし、成功し、うまくいってる自分になる、ということに執着してしまっているのです。 そうならなければならないと。

そして、 「うさこさん、いい仕事辞めて東京行って、うまくいかなくてうつ病、バカなことするからよ、40歳もすぎてから。上京した意味なんてあるの?」と思われたくない!という下らない妄想にとりつかれてしまっているのです。

なにも満足を感じることができず、不平不満、不足にばかり目がいって、とてもしんどいです。

こんな執着を手放すにはどうしたらよいのでしょうか?

諦めてしまえば楽になるのでしょうか?

でもそれはしたくないのです。

やはり、プロとして自信を持って仕事にしたいのです。

好きなことをするのはこんなに苦しいことだったのか?そんなはずはないと思うのですがどうしたらよいのか分かりません。

例えば、家がある、仕事がある、食べるものがある、などといった、今、目の前のことに感謝し、そこに目を向けて満足しましょう!といった類いの回答は、もう他で聞き飽きていますので、できれば他のご回答だとありがたいです。 勝手を言ってすみません。

長くなりましたが、どうぞよろしくお願いします。

うさこさん

 

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【いなこからの回答】

うさこさん、はじめまして。

いなこと申します。

このたびは、ココロノマルシェにご相談をお寄せくださり、ありがとうございます。

 

ご相談いただいた日から時間が経っており、多くのカウンセラーがお答えさせていただいているので、もはやご相談されたときのお気持ちは変わっておられるかもしれませんが、私も似たような思いがあり、身につまされましたので(^^;;今さらですが、お答えさせてください。

 

 

さらっとした検索では、明確な定義がわからなかったのですが、舞台アーティストとは、舞台上で何かしら表現されるということでしょうか。

舞台アーティストを目指しながらアルバイトをされているなんて、「愛していると言ってくれ」の常盤貴子さんと井の頭公園(?)の緑の瑞々しさを思い出しました。

 

 

さて、ご相談文を拝読していると、うさこさんは何か、

「いけないことをしてしまった」

という罪悪感のようなものでいっぱいなのではないかと感じました。

 

安定した仕事に恵まれていたのに、それを捨ててしまった。

夢を追うような年でもないのに、甘い夢をみてしまった。

本当は仕事や現状に不満があっただけで、「夢を追う」というのは、テイのいい建前だったのではないか。

本当は、夢を追う根性なんて、私にはないのではないか。

 

そんな罪悪感を胸いっぱいに抱えて、ご自分を責めておられるように感じました。

 

 

ですが、前のお仕事を辞めると決断された際は、どうでしたか?

 

安定したお仕事を辞めて、住む場所まで変えて、挑戦してみようと思われたのですから、

 

舞台活動に思いっきり打ちこんでみたい。

自分には可能性があるのではないか。

それを発揮しないまま終わりたくない。

 

そんな情熱を持って、決断されたのではないでしょうか。

 

 

それともあるいは、こんな気持ちはあったでしょうか?

 

このまま、夢を成し遂げない人生ではいけない。

すごい「何者か」にならなくてはいけない。

 

もしも、舞台表現をしたいという思い以上に、

このような、

「大きな成果を成し遂げていないこのままの自分ではだめだ」

「中途半端な人生では終わりたくない」

という思いの方が大きくて、それに突き動かされて決断されたのなら、しんどい気持ちは大きくなるかもしれません。

 

そしてうさこさん自身、今となっては、この後者のような思いの方が大きかった気がするから、

何よりその自分自身の気持ち・動機に、罪悪感を感じていおられるのではないでしょうか。

 

さらに、

「そんな動機の者は、成功しない」という罰を受けるような気持ちも。

 

 

人が夢を実現しようと思うとき、

前者のような、その行為を純粋に経験したいということだけでなく、

後者のように、名を成したい、大成したい、と望むことも自然なことですし、悪いことではないと思います。

 

 

ただ、この後者の思い・動機の方が強くなりすぎると、

ゴールは、「舞台表現をすること自体」でなく、

「名を成す」、「大成する」ということになってしまうので、

少し舞台表現ができただけでは喜べず、しんどくなってしまうと思います。

 

 

そして、成功することだけにこだわりすぎているとき、人は、たいてい地に足が着いていません。

 

「すごく大きな成果」と「それ以外」しか見えていません。

 

実際は、「それ以外」の中にある、小さな成果や出会い、

そんなものがつながったり積み重なったりして「大きな成果」になっていくのに、

「すごく大きな成果」と「それ以外」に二分しているときは、

「それ以外」を取るに足らないものとして、捨ててしまっていたりします。

 

だから、小さなことをすることが無意味に思えて、

やる気になれず、

かといって大きなことはそうそうやって来ず、

遥か遠くに見える「大きな成果」に目を細めては、

落胆のため息をつきます。

 

これが、私の思う、地に足が着いていないという状態です。

 

 

とうことで、地に足を着けるとラクなんですが、これ、難しいですよね(^^;;

私自身が、転職して、うさこさんとまっったく同じようなことをもうさんざん考えて、このブログにも書いてきました。

しつこいのでもうここでは書きませんが・笑。

 

 

地に足を着けるのに大事なこと。

 

私が今思うのは、

すべては、自分を信じることから始まる。

ということです。

 

 

私がここで言っている、「自分を信じる」とは、

「自分は夢を実現できる!」と信じることではありません。

もちろんそう思って突き進めればいいのですが、私自身が「そう思えたら苦労しねーよ」と思うタチなので。

そしてうさこさんも「そう信じられる精神状態ならハナから相談しねーよ」と思われるんじゃないかと思います(^^;;

 

 

「自分を信じる」とは、

「自分のこれまでの決断を信じる

ということです。

 

 

安定したお仕事を辞めてまで、舞台アーティストを目指して、上京されたんですよね。

それは、自分を幸せにしようと思っての決断だと思います。

こんなに真剣に悩んでおられるうさこさんが、自分を不幸にしてやろうと思って、前職を辞めて上京したとは思えないんです。

必ず、もっと自分を幸せにしようと思ってのことだと思います。

 

 

先に、決断したときの思い、動機はどうだったかとお聞きしましたが、

どんな動機であれ、自分がより幸せになろうと思っての決断であることは間違いなく、

それを決行されたのですから、

やはりそのときはそれでパーフェクトな決断だったということなんです。

 

これ以上の決断はあり得なかった。

 

 

だから、ご自分の決断を信じてください。

 

 

自分のこれまでの決断・行動を信じられないと、たちまち地に足が着かなくなります。

 

これでよかったのか?

間違いだったんじゃないか?

傷が浅いうちに引き返した方が、損失が少なくて済むんじゃないか?

 

そんなことを考えて、本気で思いっきり打ちこむことができません。

思いっきり打ちこんで集中することができないから、よけいに考えが暴れ出してますます不安になるし、大きな成果がはるかはるか遠い気がして、棚ぼた的なことを祈るしかできなくなったりします。

 

 

そうは言っても、私自身が「自分の決断を信じるって、それができたら苦労しねーよ」って思うタチですし、うさこさんも「それができねーから相談してんだよ」と思われるかもしれないので、

「期間限定で、自分の決断を信じると決める」

ということをお勧めします。

 

 

何それって感じですが、たとえば、

これからの1年は、

「安定した仕事を退職して上京した私のこの決断が、正しかった」

と信じると決めるんです。

 

とりあえず1年。(←「1年」は例です。期間は半年でも3年でも、自分がふさわしく感じる期間であれば何でもいいです。おまかせします。)

 

決めた期間は、「決断は正しい」わけだから、安心して、思いっきり、できる限りのことを集中してのびのびやってみるんです。

 

 

とにかく、この決断は正しかったと信じられないと、何をやるにもしんどいしんどい。

それはもう、私自身が身に染みてます(- -)

何をやるにも、というか、やれないんです。

 

こんなことして、何の意味があるんだろう。

どうせ実にならないなら、こんなことに時間もお金も労力もかけるのは無駄なんじゃないか。

 

そんな思いにとらわれて、まったく本腰が入りません。

 

 

かといって、成果も出ていないうちから、自分の決断は正しい!と信じ続けるほどのメンタルは私にはありません。

おい。

だから、期間限定と決めて、その間は信じるのです。

 

 

これは、自分を信じたいのは山々だけど、そんな強靭なメンタリティない!というときの折衷案です。

 

期間限定と決めれば、時間やお金や労力を浪費しているのでは?という不安もかなり軽減されます。

期間が終われば撤退すればいいと思うことで、だいぶ気がラクです。

 

そうして、「舞台アーティストをしたい」という原点に返り、集中して思いっきりやれることすべて、取り組んでみるのです。

 

 

集中してやれることに思いっきり取り組んだ期間を終えたときのうさこさんの気持ちは、どうなっていると思いますか?

 

悶々として動けなくなっている、今のうさこさんとは、きっと違う気持ちではないでしょうか。

 

思いっきりやり切ったことで、結果はどうあれすがすがしくなっているかもしれないし、少しずつ結果が出始めているかもしれません。

何より、規模の大小に関わらず、舞台表現をすることで、

「やっぱりこれが好き」

「これがしたい」

という原点の気持ちを思い出させてくれます。

決して、「成功したい」という動機だけじゃなかったと思い出せるかもしれません。

その思いがまた、自分を信じる後押しをしてくれます。

 

 

「自分信じる強化期間」が終わった後、

まだそれを延長するのか、満足して撤退するのかは、そのとき決めればいいです。

きっとそのときは、今の気分とはまったく違うから。

 

 

とにかく、地に足を着けないと、ずっとそこでぐるぐる考えて、しんどいままです。

 

自分を信じられて初めて、地に足が着き、着実に歩いていけます。

 

 

 

最後に。

 

安定した仕事に恵まれていたのに、それを捨ててしまった。

夢を追うような年でもないのに、甘い夢をみてしまった。

本当は仕事や現状に不満があっただけで、「夢を追う」というのは、テイのいい建前だったのではないか。

本当は、夢を追う根性なんて、私にはないのではないか。

 

 

もしも本当に、そんな風に、「間違ったこと」をしてしまったのだとしても、その罪の報いを受けて、罰を受けたりしなくてもいいんですよ。

 

もしも人生の大事な選択を間違ったとしても、そこから人生がおもしろい方へ好転していったっていいんです。

 

選択を間違えたからその罰として、成功しない、不幸せになるなんて、思わなくていいんです。

 

そこからひょんなきっかけで、幸せになったっていいんです。

 

そうなったときには、その選択はもう、間違いではなかったということになっているでしょうけどね(笑)。

人生ってそういうものみたいです(^^)

 

 

何歳でどんなことを思って、何をしようと自由です。

誰に責められる筋合いもない。

誰のために生きる必要もない。

そのことを、ゆめゆめお忘れなく。

これまでも、これからも、うさこさんに罪なんてないです。

 

 

ずっと応援しています(^▽^)

ありがとうございました!!!

 

 

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