'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

今の自分に合うものを、もっと貪欲に選んでいい。

今の自分に合うものを、もっと貪欲に選んでいい。

 

 

私の中に、

「調子に乗ってはいけない。

いつも謙虚に。

身の程を知らなければ。」

という考えがあった。

そのため、

悪くない職場を中途で辞めて、

やりたいことに挑戦するなんてことは、

調子に乗っているようで怖かったのだ。

そしてそれは、親の影響だったと気づいた

と以前のブログ以前のブログで書きました。

 

ですが、きっかけは親の価値観だったけれど、それが一人歩きして、すっかり自分のものになっていたというお話を書きたいと思います。

これが、前前前世前前前回、予告していたことです。

 

 

 

’それなりに’うまくいっている→を→’おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

今日は春の陽気。

これこれ、これが私が望んでいた気候よ!

という気候でした。

 

 

 

たしかに。

そういう価値観は、多少親にはあったと思うんです。

 

親の影響で、そういう価値観が、私にもどこか植わっているから、

「大して悪いとこのない職場を辞めて、新しいことに挑戦してみる」

ということが、どこか、

調子に乗っていて、

謙虚さを欠いていて、

身の程知らずな感じがして、

今回、私が転職したことに、すごく罪悪感を感じさせていたような気がします。

 

ただ、親は、

転職することはダメだ

なんて言ったことはなかったんですね。

 

今回転職したことも、事後報告だったのもあるかもしれませんが、別におとがめなしでしたし。

まあいい年して、親に転職してもいいか許可を得る必要はないですしね(笑)。

 

父は私以上に転職していますしね。

ただ、それは挑戦とかじゃなく、きつい仕事だから的な理由だと思いますが。

 

 

結局、親の好きそうな考えを自分のものにして、拡大解釈して、

自分のチャレンジ転職を責めていたのだなあと思います。

 

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加えて、

思えば私は昔から、

ガシガシ自分から何かを掴みにいく!

ということが苦手でした。

 

「争っている状態」というのが落ち着かないんです。

 

常に安心できない。

落ち着かない。

ずっと追い立てられている。

 

そういう状態が苦手です。

 

 

そんな思いをしないと、欲しいものを手に入れられないのなら、

いっそ最初から争奪戦には参加せず、

手元に残ったものを上手にアレンジして、いいものにする。

その方が楽だ、というスタンスが基本でした。

争いがしんどいのに加え、「負けたくないから最初からレースに参加しない」という、とんでもない負けず嫌いもある気もします()

 

 

だから、はなから、成功確率の低いチャレンジなんて向いていないんですね。

 

ああ、今はっきり気づいた。

 

私、ようやったわ、この性格で、この年で、悪くない職場を辞めるなんて(笑)。

 

 

 

そういえば、思い当たるのが、小学校1年生くらいのときの遠足の思い出。

 

春か秋か忘れましたが、動物園に写生に行くという遠足がありました。

 

事前に、何の動物を描くか、班に分かれたんです。

 

先生たちがチョイスした、数種類の動物から1つ選んで、班に分かれて描く、ということでした。

具体的にどうやって班に分かれたのか覚えていないけれど、とにかく希望制だったんです。

 

象、きりん、そういう花形動物(笑)が人気でした。

 

 

でも、私が入ったのは、フラミンゴの班。

 

 

私は、子どもに人気のいかにもな花形動物を希望せずに、

自らみんなの希望状況を見て、残った班に入った気がするんです。

 

「フラミンゴを描きたい!」と思った記憶もないし。

 

かといって、特別、花形動物を描きたいとも思っていなかった。

 

 

ただ、今でこそ、きれいな鳥だなと思いますが、

そのときは、

「フラミンゴってなに?

なんかよくわからないけど、フラミンゴの班になっちゃった。」

という印象を持ったのは、何となく覚えています。

だから、たぶん、残った班に入ったんだろうと。

 

 

それにしても、先生も、何でフラミンゴを選択肢に入れたんだ!(笑)

わかりやすい花形動物にまぎれて、フラミンゴて!

落差が大きすぎる!

小1にフラミンゴは渋すぎるでしょ!

小1ですよ!?

鳥博士ちゃんでもない限り、フラミンゴなんて知らんでしょ!

この時の意図を、先生たちに聞いてみたい(笑)。

 

 

まあでも、象とかきりんとか花形動物は、

わかりやすすぎて描き甲斐がないという気持ちもどこかにあり、

とにかく与えられたところで没頭して描いたんだと思います。

 

 

そしたらフラミンゴの絵がほめられたか、張りだされたかしました。

 

ほら、題材にこだわらなくても、与えられたところで一生懸命やればできるんだ。

そんな風に思った気がします。

 

 

それがきっかけで、というわけではないのですが、

とにかく子ども時代から、子どもらしく、

これほしい!

これしたい!

と強く主張することが少ない子どもでした。

 

「置かれた場所で咲きなさい」的生き方が合っている子どもでした。

子どもにしておばあちゃんみたいな信条(笑)。

 

 

でも、それがいやいやとか、あきらめた心持ちでしているのではなくて、

特に絶対こうがいい!という思いがが少ないので、

いや、それも分野によるかもだけど

それでいいし、

「残ったもの、置かれた場所、どんな素材でも、自分ならおいしくできる」

というのが、私の誇りになっているところもありました。

そんな自分が好きでした。

 

 

ということで、

私が、したいことを求めて、ガシガシチャレンジをするのが苦手なのは、

親の影響もあるけれど、

「積極的に自分からは選ばず、与えられたところでやる」

というのが、自分の性質にも合っていたんでしょうね。

まあ、私は生みの親も育ての親も一緒なので、生物学的な影響(性格・性質)も、環境的な影響(教育)も、同じ人たちから受けているんだから、ある意味当然ではありますが。

 

 

 

ただ、そのスタンスも嫌いではないけれど、

これからはもっと、

自分から掴みに行く

もっと欲を出す

ということをしてみてもいいのかなと、今は思っています。

 

もっと主体的に、したいことに、ガシガシ向かっていってもいい。

仕事も、恋愛も。

 

今までの置かれた場所で咲く的生き方を丸ごと取り換えるのではなく、

そこに、自分から掴みに行くやり方を加える感じで。

 

そのための第一歩として、今回の転職があったのかなと。

 

そんな風に思っています。

 

 

 

ということで。

きっかけは、親の影響を受けて身についたやり方でも、

あなたの本質に合っているから今までそれを採用し続けていたのかもしれない。

 

それでも、人は常に変化し続けているから、

今まで合っていたものが、窮屈になることもある。

 

それは、今までの方法がまちがっていたということではなく、

今までは今までで合っていた。

だけどあなたが成長して、

これからのあなたには、少し合わなくなってきたということです。

やれやれ、文にするとややこしい(笑)。

 

てことで、なにか生きづらさに気づいたとき、

今までを否定しなくてもいいし、

これからの変化も怖がらなくていいし、

今の自分に合うものを、貪欲に選んでいきましょう。

 

 

 

 

 

 

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