'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」悪くない人生のはずなのに、心から幸せと言いきれない、このままで終わりたくないと思ってしまう。そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

働き方改革が一筋縄にはいかないワケ。 キーワードはやっぱり○○○○○!?

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わたしもうちょっと、ぬるま湯につかってますねぇ。。。

 

 

 

 

おはようございます、カウンセラーいなこです。

 

今日は、いっぱしのビジネスコンサルタントみたいなタイトルをつけてみました()

 

 

働き方改革によって、ワーク・ライフ・バランスの見直しなど、企業でもいろいろ取り組まれていますね。

 

以前私が勤めていた病院でも、みんなができるだけ長く無理なく働き続けられるように、残業の低減や、男性スタッフの育児休暇の取得などに取り組んでいました。

 

 

 

うちの部門に、とてもまじめで働き者のスタッフがいました。

 

患者さんにはもちろん丁寧に時間をかけて関わる、カルテや報告書などの書き物は毎回たくさんの文章を丁寧に書く、患者さんに関わる本業以外の庶務についても進んでやる、自分の仕事が終わっていなくても他の人の仕事が大変そうだと手伝う、誰がやってもいい仕事について「できる人いますか?」と聞かれたら1番に手を挙げる……

穏やかで、イヤな顔1つせず、「いいひと」を絵に描いたような彼女です。

 

 

しかし、それだけ丁寧にたくさんの仕事をしていると、やはり残業は飛び抜けて多くなります。

残業時間を見ていると、やはり健康面なども心配になります。

そして、他の人の仕事を手伝っているために、自分の仕事が締め切りに遅れてしまうということもチラホラありました。

 

定期の面談でも、毎日遅くまで残っているけれど、仕事量は多くないか、睡眠時間は取れているかなど聞いていましたが、返ってくる答えは、

「大丈夫です(笑顔)

「私仕事遅いんで、できるだけ早くします(笑顔)

「みんなも忙しそうなので(笑顔)

でした。

 

 

そうは言っても現実問題、残業時間はかなり多いので、上司とも相談して、仕事量を減らして調整していました。

本人にも、丁寧に仕事をするのはいいことだけど、自分が無理なく続けられる範囲で抜けるところは手を抜いたらいい、他の人にも任せたらいい、帰れるときはできるだけ早く帰ってメリハリをつけるように、という話をしました。

 

 

それで問題は解決したと思います?

 

 

 

こんなふうに聞くということは、そう、解決しなかったんですよね。

 

 

仕事を減らしても、手元に残った仕事をもっと丁寧にするから結局大幅には残業時間は減らない、そして楽になるどころか、自分は仕事量を調整してもらって、他の人に申し訳ない、自分は仕事ができない、情けないと、新たな苦悩が生まれてしまったんです。

さらに彼女は、もっと手を抜いたらいいという厚意からのアドバイスさえ、自分のこれまでのがんばりが認められなかったように悲しく感じていたのです。

 

彼女の同期などが教えてくれました。

 

 

 

 

これは、仕事量や要領だけの問題ではないな。

 

上司とそういう話になりました。

 

 

 

仕事が多いときでも、いつも早く帰る人はなんとかまとめて早めに帰っていたりします。

職場全体が忙しくなる時期もあり、誰でも時には帰りが遅くなることもありますが、慢性的に長時間労働になるメンバーは、だいたい決まっていました。

 

 

 

 

残業の多さには、単に仕事量だけでなく、おそらく無価値感や自己肯定感にキーがあったのです。

 

 

このままの自分ではダメ、何か人の役に立っていないと自分に価値がないように思っているから、それを補うように、自分の仕事を丁寧にし、自分のことで精一杯なのにさらに人のことを手伝い、文句も言わずに彼女はがんばっていたのです。

 

 

その行為自体は悪いことではありません。

むしろとてもいいことです。

でもその動機が、「価値のない自分を補うため」自分を責めながらのものだと、やめたら価値がなくなってしまっていたたまれなくなるのでずーっと走り続けなければいけません。

そして、「これで認めてくれますか?」、「ここにいていいですか?」と相手の評価に依存しやすくもなってしまいます。

 

 

しんどいです。

 

そういうがんばりは、いつか破綻してしまいます。

 

 

 

 

だから、仕事量の調整もしつつ、もっと気楽なアホになるように()、私はアプローチしました。

 

彼女の優しさや献身、まじめさに、私を始めみんなが助けられていることは十分伝えた上で、心身ともに元気で続けられる程度にがんばる方が、自分も楽だし、周りも喜ぶよということ、ときには他の人に花を持たせてやるつもりで仕事を預けることなどをその場その場で伝えました。

そして、長年のがんばり癖で、何をどうがんばりすぎているのかわからなくなっているので、なるべく現行犯で無理ながんばりは逮捕しました()

 

そんなふうに疲れている友達に、まだまだもっとやらなきゃ、なんてあなたは言うかい?

あなたは絶対言わないよね、そんなこと。

それを自分にずっとやっているんだよ、と。

 

 

自分はそんなにがんばっていたんだという自覚は、なかなかすぐには芽生えないし、意識もすぐには変わりません。

ちょっとずつちょっとずつ、です。

 

 

 

私が退職するときに、「人にやさしく。自分にもーっとやさしく。」ということばを彼女に贈りました。

(昔、西川貴教さんが、ラジオで自分の座右の銘がこれというギャグとしておっしゃていたことばだけど、名言だと思う・笑)

 

 

 

 

というわけで、働き方改革

単に残業を減らすとか、有休を取るとか、ワークシェアリングするといったことでは解決しない部分もあるのではないかな。

 

 

法整備などハード面の改革もちろん有効だけど、それと平行して、ソフト面の改革、それぞれが自分の価値を受け取って、その魅力や能力を真の意味でシェアしあえるような、心理面からのアプローチも進められたら最強だなあと思います。

 

 

 

そういう講座みたいなのをしたいんだけど、共感された会社の社長さん、私を講師としてして呼んでくーださい()