'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

私が、親のための人生を生きていた? ー和泉りょう香さんのセッションを受けてー

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私はいつだって自分のために、

自分で決めて生きてきた。

そうだよね?

 

 

 

 

おはようございます、カウンセラーいなこです。

 

 

ブログをいつもは前日の夜に仕上げてしまうのですが、夜型の極みの生活になってきていたので、これはしんどいと朝型人間になるべく(その兼ね合いで9時投稿に変更しました)、昨日は出勤前に書きました。

だけどやっぱり難しかったですねー(笑)。

時間ぎりぎりで、焦って震える手で書きました(笑笑)。伝えたいこともあまりちゃんと書けず……

まあ投稿時間を決めなくてもいいんだけどなあ……

 

ブログの質と自分の負担の折り合いがつくところをこれからも探っていこうと思うので、また投稿時間など微調整するかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

 

ちなみに、昨日朝の投稿時には間に合わなかった、お世話になったカウンセラーさんたちのリンクを貼ったりして整えたので、興味ある方は、再度昨日の記事をご覧いただけたらと思います。なんでかぐちゃぐちゃにしか貼れなかったですけど(^^;;

 

 

 

さて、昨日の続き、先日、和泉りょう香さんのセッションを受けた話です。

 

 

和泉りょう香さんのセッションを受けたのは、実際に受けた仲間2人が、「そんなに宣伝されてないけど、よかった!!!」と絶賛していたから。

今はモニター募集中で無料ということで、「無料のうちに受けた方がいい!」と言うので(関西人か!……はい。(笑))、お弟子さん制度の宿題が落ち着いたころに、焦って申し込んだ(笑)。

 

そう、今、先輩カウンセラーのみなさんが、モニター募集をたくさんしていたりして、ほんとはもっといろいろな人のカウンセリングや講座を受けたいのだけれど、本業とブログと宿題とに追われてなかなか受ける時間を作れない。

 

 

とりあえず、りょう香さんのセッションを、無事無料期間中に(笑)予約できた。

仲間絶賛の方だったので、どんなことになるのだろうと、とても楽しみにしていた。

 

 

 

しかし、その前の土曜日、根本裕幸師匠の「自己肯定感」の講座で、本業との折り合いのつけ方を学び(そんなテーマではなかったけれど、私が個人的に学んだこと)、次の日、岩橋隆盛さんのセッションで、カウンセリングは私の本当にやりたいことだ、ただ逃げに走ったのではなかった、と思えるようになり、かなり心が軽くなっていた。

この転職とこれからの挑戦について、だいぶ解決した気分になっていた。

 

そしてその次の火曜日が、和泉りょう香さんのセッション日だったのだが、仲間絶賛の方だから、どうせならもっと気分どん底のときに受けたかったなーと思っていた。

元気な心だと、相談することがなくてもったいないから(笑)。

 

 

 

りょう香さん当日。Zoomでのセッション。

りょう香さんは、写真を撮られるのも苦手とプロフィールに書いておられ、お互いに顔出しはなしのセッションだったので、お顔は拝見せず。

 

今だいぶ、気分が小康状態にはなってるんですけど、と、私がまず今回の転職について、これまでに感じてきた迷いや不安を話した。

 

今の仕事に熱中できておらず、見切りをつけて他の仕事に挑戦してみたいと10年以上勤めた会社をこの春退職したこと、

しかし前の職場は、人間関係もよく、管理職にもなっていて、待遇に不満はなかったこと、

それなのに辞めるなんて、もったいないし自分はバカなことをしているんじゃないかと辞める前も、今もまだ葛藤していること、

積み上げたものを捨てて、供給過剰と言われるカウンセラーのようないばらの道(笑)に走ってしまう、自分の不器用さや要領の悪さを責める気持ちがあること、

自分はもっと輝けるはず!と変に夢をみて、いわゆる「青い鳥」を探して失敗してしまったんじゃないか、だから罰が当たるのではないかという恐れがあること、

もし夢破れて結局今と同じ仕事をすることになるなら、前の職場の方がずっと良かったし、仕事に熱中なんてできなかったとしても、あの穏やかな日々が実は本当の幸せだったんじゃないかという気もすること、

 

さんざんこのブログでも書いてきたけれど(いつまで悩んでんねん・笑)、そのようなことを話した。

 

 

 

仲間が、りょう香さんのセッションを受けて泣いたと言っていたので、「うん……うん……それは辛かったですね……よくがんばられましたね……」と小さめのやさしい声で相槌を打ち、静かに寄り添って聞く感じのスタイルなのかなと想像していた。

お名前も「りょう香」さんだし。可憐な感じなのかな。

 

 

しかし、思っていたイメージとは違った。

きつくはないのだけれど、しっかりした声量ではっきりとした口調で、「ほう、ほう」、「なるほどなるほど」と、ひょうひょうとした、どこかユーモラスというか、コミカルな雰囲気で話される方だった。

 

ああ、私は泣かないだろうな、泣くっていう雰囲気ではない(笑)。

そんなことを思いながら、苦しかった気持ちもほとんどなくなってきているし、落ち着いて話した。

 

 

 

軽く一通り話して、りょう香さんから質問があった。ちゃんと順序は覚えていないけれど。

 

 

「『もったいない』っていうことばが、事前のアンケートにもよく出てくるんですけど?」

 

「ああそれは、前の職場をせっかく続けてきて、管理職にもなって、待遇も不満なくて、このままいけば、昇給も昇格もしていたかもしれないのに、それを手放すなんてもったいないということです。」と答えたような。

 

 

そして、大学は、カウンセラーを目指して心理学専攻だったけれど、正社員の職は当時少ないと教授陣も言っていたし、少し関連のある仕事として授業で紹介されていて、確実に就職のある医療職についたことなども話した。

興味以上に安定という条件で選んだ仕事だったから、興味に限界が来たのかもしれないと。

 

 

どうして安定を選んだか?そんな聞かれ方はしなかったと思うが、そんな話もした。

当時の私は、4年制大学まで出て、非常勤の仕事というのはあり得ないと思っていた。

でも、カウンセラーになりたくて、非常勤とかどうとかは置いといて、とりあえずその道に進んだ友達もいた。

今思えば、仕事になるかは気にせず、もっと純粋にやりたいことを選んでもよかったのかもしれない。

 

何で安定を選んだのか、突き詰めれば、お金の心配をしたくなかったというのがあると思うということを話した。

 

私とお金の観念については、ブログでも書こうと思ってまだ手が回っていないのだけれど、父は母子家庭で貧乏で育ち、祖母が働きづめで寂しい思いをしたということが、父的にはたぶんトラウマになっており、自分は高給取りではないけれど、自分の子どもには寂しい思いをさせたくないと、私の母には子どもは小さいうちは家にいてほしいと専業主婦を求めた。

 

それで、私は、「うちは貧乏」というイメージで育ち、お金を使うことに気を遣っていた。

別に借金取りに追われている訳でもなく、持ち家に住み(とても小さいけれど・笑)、明日のご飯に困るわけでもなかったのだけれど、お金を出してもらうのが申し訳ないという気持ちがあった。

 

だから、大人になったら、絶対いっぱい稼げるようになって、何の心配もせず好きなものを買いたいし、親にも楽をさせてあげたいという気持ちがあった。

 

 

 

そんな質疑応答を繰り返して、一通り現状を話した後、りょう香さんの分析結果のひとこと。

 

 

「私は、いなこさんは生まれ変わったんだと思います。

 

これまでは親のための人生。親を安心させるためにがんばってきた、それが悪いということではないですよ?

でも、いなこさんは、本来は、好奇心旺盛な人だと私は思います。

だから、これまでは親のために、安定した仕事について頑張ってきたけれど、今回の転職で生まれ変わって、これからは自分の人生を生きるんだと思います。」

 

 

 


 

泣いていた。

 

 

 

私は泣いていた。

 

 

 

そんなつもりはなかった、親のために生きようなんて。

親に、「安定した仕事につきなさい」、「親に楽させなさい」なんて言われたこともなかったし。

安定したいのは、自分が安心したいから。

 

 

カウンセリング界では、「何か生き辛いと思ったら、親のために生きていた」というのは、よくある結末。あるあるな結末。

 

でも私は違うと思っていた。

 

そういうのは、

「お母さんがいい人を見つけてあげるから、お母さんの選んだ人と結婚しなさい!!!お母さんの言うこと聞いてたらいいの!!!」とか、

「東大しか大学とは認めない!!!絶対に東大に入れ!!!」とか、

そういう風にわかりやすく命令されて強制されてきた人のことだと思っていた。


私はそういうのじゃない。

 

 

 

だけど私は泣いていた。

りょう香さんの解釈を聞いたとたんに、泣いていた。

 

 

 

私は、親に何か強制されたような覚えはない。

 

ただ、言われてみれば、強制されなくても、親を喜ばせたい、安心させたい、そういう思いは確かにあった。


 

父の不遇な育ちは、やはり私にはインパクトがあったのだ。

父は辛そうににそれを話すのではない。

話好きな人だから、思い出話として、「お父さんの小さいころはな、こんなんでこんなんでさみしかったんや。でもあんたら幸せや、学校帰ったらこうしてお母さんいてくれんねんから。」と、笑顔でよくそんな風に話していた。……それでも、そこに哀愁は感じ取っていた。

 「それはそれで、俺の人生やから。」 これでいい、これがいい。 - 'それなりに'うまくいっている →を→ 'おもいっきり'しあわせに

父は、自分の思う幸せを、自分の欲しかった幸せを、私と妹に与えようとしていたのだろう。

 

 

 

同じ子どもとして、そんなに寂しく、いろいろなことをあきらめて生活をしていた少年がいたことが、悲しかった。その子を、私のように、寂しくない生活に入れてあげたかった。

 

 

やっぱり、私は父を助けたかったのかもしれない。

 

 

 

そんなことが、今の今まで、私の仕事のことにまで影響を及ぼしているのか。

 

だけど、やっぱりそうなのかもしれない。

 

 

 

 

長くなったので、つづきます。