'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

ここにいてもいいですか?

 

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

ブログの更新が最近まばらでごめんなさい。

ここ数日、いろんなことを思い出し、考えていました。

私には、「自分はそんなに必要とされていない」、「自分にはそんなに価値がない」、

突き詰めれば、「自分は愛されない」、そんな自己否定がまだまだたくさんあるのだということ。

そういう思いこみから、これまでたくさんの人が向けてくれていた愛を、無視して、無下にしてきたことに気づいて湧いてくる罪悪感。

そんなにたくさんのものを無下にしてきたから、もう幸せにはなれないのではないかという罪悪感。

人の愛を信じられなかったということは、結局、自分が愛されるということを信じられなかったということなのだという不甲斐なさ。

そんなことに気づいて、何をするにもなかなか動けずにいました。

くっら!くっら!オープニングトークらしからぬ暗さでごめんなさい(笑)。

 

冬至だからですかね。

?と思われたあなた。

冬至は、1年で1番夜が長くて昼が短い日です。

一番暗い時間が長い。

ということは、これからは、だんだんと日が長くなっていくということ。

陰極まりて陽となる。

陰もとことんまでいって底をつくと、今度は陽となっていきます。

 

辛いときは、この考え方にとても救われてきました。

しんどいのにも、必ず底があり、底をつけばあとはまたゆっくり上がっていく。

 

この、「巡る」という考え方、どこまでも下降していく直線ではなく曲線のような考え方、希望のある考え方が好きで。

だから今の自分の暗さを冬至になぞらえたくて。

 

きっと季節にシンクロしているんだわ、私の心身は。

 

ということで、今しんどいなあという方は、ともに陽へ転ずる日を信じて過ごしましょう。

今日は柚子風呂くらいはしたいなあ。 

 

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私の暗〜いお話から始まりましたが(笑)、

自分は必要とされている

自分には価値がある

自分は愛されて当然だ

と思えている人はどのくらいいるでしょう。

 

相手によって、場面によって、分野によっては思えている、ということはあると思いますが、いつでも、どんなときでもそんな風に自分の存在を信じられているという人は、少ないのではないかと思います。

 

程度の問題もあるでしょうし、

うまくいっているときはいいけれど、何かにつまづくと、とたんに自分を否定してしまうことがあったり。

 

どんな人も、成長の過程や、社会に順応する過程で、少なからず、

もっとできるようにならねば、

人の役に立たねば、

そんなメッセージを感じとって育ち、そのままの何もない(ように思える)自分では愛されない、と誤解してしまうのは無理ないと思うからです。

 

 

そんな風に、「そのままの自分で愛される」とは思えない人が、結構多いのなら、お互いにすれ違いを生む可能性があります。

 

私は、まだ仲良くなりきっていない人には、そんなに話しかけたりしない方です。

人見知りというのとは違うんです。

そこに緊張はなくて、必要があればどんな人でもある程度は話せると思っています。

 

なぜ話しかけないかというと、

「私のことなんて覚えていないだろうな」

「別に私と話したいなんて思っていないだろうな」

「私が話しかけたところで、何にもならないしな」

という思いがどこか根底にあるからです。

 

だから、「この人は私と話すのを楽しんでくれている!」と確信できたら、どんどん話しかけたり冗談を言ったりするのですが、

確信できない間は、用があるときだけ、相手が私以外誰も話しかける人がいなくて困っていそうなときだけ、すっごく伝えたいことがあるときだけと、割と最小限の関わりしかしていません。

苦手とか、嫌いとかでなくても。

 

 

でももし。

自分は必要とされている

自分には価値がある

自分は愛されて当然だ

と思えている人が少ないのなら。

 

私が話しかけないことで、向こうだってますます、

「ああ、私には興味がないんだな」

「あまり私のことは好きじゃないんだな」

そんな風に思わせている可能性があるのです。

 

 

いつもいつでも、

人は自分に興味がある

自分はここにでーんと存在していていい

自分は愛される

なんて思えている人は少ない。

 

「私はここにいてもいいですか?」

そんな思いでそっとたたずんでいるという人は多いのではないでしょうか。

慣れない場では特に。

 

そういう者同士の集まりかもしれないんですよね、この世は。

 

 

だから、

自分のひとことなんかで何かが変わるか、

自分の声掛けなんかで相手はよろこぶか、

なんて考えすぎずに、

気軽に声をかけてみればいいことなんです。

 

大したことを言わなくてもいい。

あいさつして、「寒いね」くらいのことでいい。

 

それだけでも、

「あなたの存在を知っているよ」

と、相手の居場所を作ってあげていることになるんです。

そして、自分の居場所を作っていることにも。

 

お互いに、怖いから、自分の価値に半信半疑だから、どこかで、どちらかが踏みだしてみる必要があるんです。

そこから始まるんですよね。

 

 

自分は受け入れられる、愛されると信じられないと、人の居場所までもなくしてしまうのかもしれない。

わかっていたようで、いっぱいそんな風に生きてきたなあと気づいて落ちていた、冬至ロードとぼとぼ歩きのいなこでした。