【ご相談】推しに嫉妬し、攻撃的な思考を向けてしまうーあなたは推しのようにたくさんの人を笑顔にできる人(ワークあります)ー
‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに
こんにちは、カウンセラーいなこです。
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推しに嫉妬し、攻撃的な思考を向けてしまう | ココロノマルシェ
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【ご相談】推しに嫉妬し、攻撃的な思考を向けてしまう
私には4年ほど前から応援している推しがいます。
好きで応援しているのに、推しの活躍や新たな仕事の情報を見ると、
素直に喜べず、応援できなくなってしまいました。
それどころか、「XXを任せてもらえるほどスキルや実力あるかな?」
「失敗に終わればいいのに…」など、相手を下げるような攻撃するような思いが
ふつふつと湧き上がってきます。
私がファンになった数年前はそれほどメディア露出が多くなかった(と個人的には感じている)のですが、ここ1、2年で活躍の場が増えてきた気がしています。
年々、レベルアップしている推しを見て「すごい!私も頑張ろう!」とは思えないのです。
好きなことを仕事にして、さらに結果も出している推しと、
自分の状況を比較して嫉妬してしまっているのかなと考えています。
というのも、今の仕事は自分の好きな分野/得意な分野での仕事ではありません。
なにか特別な業績を残してもいません。
「私は好きを仕事にできていないし、自分が満足する結果も出せていない!」という、
悔しさ、惨めさ、対抗心などが入り混じった感情があります。
私も好きを仕事にするために行動して、自分の納得がいく結果を出していくことで、
推しに対する感情も変わっていくでしょうか?
推しにこのような感情を抱くケースをあまり聞いたことがなかったので、
カウンセラーの方々のご意見、アドバイスをいただきたいです。
かりんさん
【いなこからの回答】
かりんさん、このたびはココロノマルシェにご相談をお寄せくださりありがとうございます。
いなこと申します。
さて、推しに嫉妬してしまうというご相談ですが、私も同じようなことを、少し前に書いていました。
▽こっそり載せとく。笑
ということで、推しに嫉妬のような感情を抱くというケースをあまり聞いたことがなかったとのことですが、います。いますよ、ここに。笑
その亜型として、メジャーじゃない頃から応援していた人がだんだんと売れてくると、
「遠くに行ってしまったようで、うれしいけどさみしい」と感じる人や、
「昔の方がよかった、なんか今は好きじゃない」と離れていく人なんかもいると思います。
まあ誰を推そうが辞めようが自由ですし、元はせっかくの自由意思で自分の楽しみとして推し始めたはずですから、どんな"べき"も入れずに、気楽に楽しみたいですよね。
かりんさんのおっしゃる通り、推しに嫉妬してしまう理由の1つは、
>好きなことを仕事にして、さらに結果も出している推しと、
自分の状況を比較して嫉妬してしまっているのかなと考えています。
というところにあると思います。
>というのも、今の仕事は自分の好きな分野/得意な分野での仕事ではありません。
なにか特別な業績を残してもいません。
「私は好きを仕事にできていないし、自分が満足する結果も出せていない!」という、
悔しさ、惨めさ、対抗心などが入り混じった感情があります。
とのことなのですが、かりんさんはご自分に価値を見られていないのだと思います。
>私も好きを仕事にするために行動して、自分の納得がいく結果を出していくことで、
推しに対する感情も変わっていくでしょうか?
というのも、もちろん一理あるとは思います。
ただ、今の、自分に価値を見ていない自分で、納得のいく結果を出していこうとすると、その過程は、辛いものになる可能性大!です。
自分の納得がいく結果を出そうとがんばること自体は、何も悪くないんです。
ただ、そのスタートが、
「あんなことができたら楽しそうだからやってみたい!」と思って始めるのと、
「自分には価値がないから結果を出さなくては」というところから始めるのとは、
ずいぶん違うことなんですね。
人の行動の動機は、突き詰めていくと最終的には、愛からか、怖れからかに二分されます。
「楽しそうだからやってみたい!」は愛(ワクワク)、
「結果を出して価値のない自分を何とか補いたい」は怖れからのものですね。
何となく想像がつくかと思うのですが、愛からの行動は、過程も楽しいし、のびのびやれるし、アイデアも湧きやすい。
努力も努力と感じにくく、ただ好きだからやってしまうという感じで、結果的に結果も出やすい。←ややこしいな
しかし怖れからの行動は、「これができなければ、私には価値がないことになってしまう……!」と常に追い詰められた気持ちでやっているので、やることなすこと義務に感じられ、途中経過に一喜一憂して心が折れやすく、ひらめきも起こりにくい。
結果的に結果も出にくく、続きにくい、ということになりやすいです。
でもすごく頑張り屋な人は、それでもゴリ押しでやれちゃう人もいるんですけどね。
社会的には十分成功しているのに、あんまり幸せそうじゃないなあと感じる人は、怖れからゴリ押しで頑張っているのかもしれません。
ということで、かりんさんにまずお勧めしたいのは、
今のままのかりんさんの価値を見る、受け取ることです。
お仕事のことを書いてくださっていたので、お仕事のことでお聞きします。
特別な業績を残せていないとのことですが、かりんさんのお仕事で、助かっている人はこの世に1人もいないのでしょうか?
かりんさんは、たくさんの人を笑顔にする推しを、「すごいなあ」と見上げているのかもしれませんが、かりんさんのお仕事で、笑顔になっている人や喜んでいる人、生活できている人、ホッとしている人はいないのでしょうか。
そんなわけはないと思います。
お仕事である以上、必ず誰かの役に立っているはずです。
何の役にも立たないことは、仕事として成立しえないからです。
でも、私が求めているのはそんなちっさな規模のことじゃないとか、誰でもできる仕事だとか反論したくなるかもしれませんが、かりんさんのおかげで今日も暮らせている人は必ずいるんです。
まずはそれをちゃんと受け取ってください。
はい、ということで1つめのワーク。
【ワーク①】
かりんさんのやることで、誰がどう助かっているか、誰のどんな役に立っているかを1つ残らず書き出してください。
お仕事に限らなくてもいいですが、かりんさんの場合は、お仕事でひっかかっていることがあるようなので、まずはお仕事メインで書き出しましょうか。
「1つ残らず」というのは、たとえば、○○を製造しているから、それを使う人の役に立っているということだけじゃなく、
私が丁寧に電話を取りついであげていることで、部長が助かっているとか、
隣の会社の人に会釈することで、ホッコリさせているとか、そんなこともです。
お仕事での顧客、エンドユーザーさんはもちろん、同僚でも、会社の同じビルの人でも。
かりんさんは、どんな人の力になっているでしょうか。
できるだけ具体的に、細かくたくさん本気で絞り出して書き出してください。
自分が当たり前のこととして何気なくやっていることで、救われている人ってたくさんいるんです。
かりんさんも、逆の立場になると、そういう経験はないでしょうか?
私の近所のスーパーのレジにいる女性は、私がスマホ決済をしようとスマホを差し出すと、「お邪魔しますー」といって読み取り機をかざすんですね。
すべての対応が気持ちの良い方で、お名前も存じ上げないし、雑談をしたわけでもないから身の上も何も知らないけれど、こうして会っていない時も、私の記憶に残っています。あの人好きだなあと思い出しています。
そんなふうに、何か表彰をされるとか、お礼をもらうとかしていなくても、人の記憶に残り、心を温め、感謝されていることって実はたくさんあるんです。
かりんさんに救われている人も、必ずいるはずです。
それを意識して受け取ってみてください。
もしもこのワークで、「私が人の役に立っていることなんてない」と泣きたいような気持ちになってあまり出てこないなら、それは、かりんさんに価値がないのではなく、かりんさんが、「自分の価値を今は見たくない」ということだと思います。
過去に誰かを喜ばせたいのにできなかった、役に立たなかったと感じたことがあり、ずっと自分を責めているのかもしれません。
そういう場合は特にカウンセリングが効果的ですので、ぜひご利用ください。
そして、ワーク2つめです。
【ワーク②】
身の回りの人を喜ばせることを、意識的にどんどんやってみてください。
かりんさんの推しはきっと、たくさんの人を笑顔にしているんですよね。
そんな推しに嫉妬してしまうということは、かりんさんは、とても人を笑顔にしたい人、喜ばせたい人ではないでしょうか。
かりんさんの本当にほしいものは、
「特別な業績を上げる」ことよりも、
「自分の手で誰かを喜ばせる(=愛する)」ことなのではないかと思うんです。
もっともっと多くの人を喜ばせたいし、愛したいし、その力が自分にはあることをどこかで知っているけれど、それを発揮するフィールドが見つけられずに、うずうずしているのではないでしょうか。
とても情熱的な方なのだと思います。
なので試しに、周りの人を喜ばせることを意識的にしてみてください。
先ほどのワークにもあったように、今のままでも、すでにかりんさんはたくさんの人を喜ばせています。
だけど、当たり前のこととしてやっているので、それで人を喜ばせているなんてあまり感じられないんですね。
なので、意識的にやってみて、どんな気持ちがするかを感じてみる。
喜ばせるというのは、ものすごいサプライズをするとか、高いプレゼントをあげるとか、そんなことではありません。(もちろんそれも含みますし、したければそれもいいです)
エレベーターで乗り合わせた人に、「どうぞ〜」ってニッコリ笑いかけて降りる順番を譲ってあげるとか、
飲食店のお会計のときに、「◯◯がすごくおいしかったです、ごちそうさまでした」ってニッコリお礼を言うとか、
似合っているなと思う服装の同僚にそのことを伝えて褒めるとか。
細かいことですが、日常で、かりんさんが無理なくできることで、たくさん喜ばせてみてください。
ただし自分がしたくないことをしたり、自分の心に嘘をついていいと思えないものを無理にほめたりする必要はないですよ!
心に芽生えた小さな好意や厚意を、照れたり出し惜しみせずに意識して口に出し、いつもより豊かに表現するという感じでやってみてください。
それで相手が喜ぶかどうかはもちろんその人によりけりなのですが、人のために100%の好意でできたことの後には、清々しい満足感がやってきます。
その体感から、何かすごい存在にならなくても、自分の愛を思う存分発揮できるフィールドは、そこら中にある、今いるフィールドが、私の愛を発揮する場所なんだということが感じられると思います。
それが感じられたら、「何か特別な業績を上げなくては」という焦燥感も薄れ、今いるところから、地に足の着いたビジョンに向きやすくもなります。
で、このワークで、自分のしたことで、相手が喜んでくれたらうれしいということを改めて感じられると、
与えることは、受け取ること
受け取ることは、与えること
ということがわかります。
何かを与えた人は、相手が受け取ってくれたら、うれしいです。
この時、この与えた人は、相手から、よろこびを受け取っています。
そして受け取った人は、受け取ることで、相手によろこびを与えています。
与えることは受け取ること。
受け取ることは与えることなんですね。
両者の間には、与える/受け取るが、どちらも同時に起こっているのです。
ということは、かりんさんの推しも、ファンいてこその推しなんです。
自分のすることで、よろこんでくれるファンがいるから、推しのお仕事は成り立っているし、ファンをよろこばせることが、よろこびになっているんです。
あんなに活躍している人、私のような1ファンがつこうが離れようが同じ、と思うかもしれませんが、でもまぎれもなく、推しの活躍は、その1ファンから成り立っているんです。
人気稼業で活躍し続けている方ほど、その1ファンのありがたみをよくわかっておられると思います。
だから、かりんさんも、推しにたくさんのものを与えられているし、対等な人同士なんですよ。
はじめにも言いましたが、推し活は、自分の楽しみのためにやるもの。
何の「べき」にも縛られず、かりんさんの生活を豊かにするために、ぜひ楽しんでくださいね。
ずっと応援しています(^▽^)
ご相談ありがとうございました!!!
生のパイナップルが好きです。
実家にいるときは母が買ってきて切ってくれていて、今でも実家に帰ると、切って持たせてくれたりするのだけど、自分では切るのがめんどくさそうで買ったことありませんでした。
でも最近旬みたいで毎週スーパーで売り出しているので、「自分では切れないというのは思いこみでは?やってみよう」とパインの誘惑に負けて買ってみました。
結果、自分でも切れました! ←そりゃそうだろうよ
付いてたタグに、簡単な切り方も書いてあって。
このところ毎週買って毎朝食べています。
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「やわらかい関西弁が聞き心地よい」とのありがたいお声をいただいています(‘∀‘)
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