'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

あなたが子どもの頃のお天気は、どんなでしたか?そのお天気は、子どもだったあなたの心模様かもしれません。

あなたが子どもの頃のお天気は、どんなでしたか?そのお天気は、子どもだったあなたの心模様かもしれません。

 

 

 

どう考えても、津山主任の方がかっこいいやないかー!

と思うのは、私だけですか?

 

'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

申し訳ありません、頭から取り乱しました。

今シーズン観ているドラマは、「知ってるワイフ」と「俺の家の話」。

観ていると言っても、両方フルで観られたことがないのですが(^^;;

予告動画とか、ネタバレ書いてくれている人のサイトなどを切り張りして自分の中でストーリーをつなげています(笑)。

ちょうど連続ドラマがやっているゴールデンタイムは、ごはんの片づけをしたり、ブログを書いたり、お風呂に入ったりと、日常に忙しくて、なかなか全部は観られないんです(TT)

 

澪ちゃん、津山主任の方がいろんな面で断然男前やないか!

悪いことは言わん、津山主任にしときなさい!

と思ってしまうのは、私だけですか?

 

 

 

最近気づいたことを。

少し長いですが、読んでいただけたらうれしいです。

 

 

私が、子どもの頃を冷静に思い出すと、

壮絶な辛い経験はないはずなのに、

漠然とした不安感を持っていたような気がするんです。

 

最近、

その不安感は、母のものだったのではないか?

という答えが浮かんだんです。

 

 

私は、子どもの頃から、親には愛されて育ったように思います。

 

両親とも子どもに興味津々で、

夫婦で話していても、子どもが話し始めたらこっちを向いて、

「何何?」

と注目してくれる感じでした。

 

だから、愛してもらうことに渇望している、みたいな感覚は薄いんです。

意識の上では。

無意識レベルではどうかわかりませんが。

 

 

 

それなのに、どうして漠然とした不安感があったのだろうと考えると、

「母が不安そうな顔をしていたんじゃないか」

というところに行き当たったんです。

 

 

母は、

子どもたちのことは何より大事にしてくれたし、

愛情たっぷりにかわいがってくれた思い出が多いです。

 

それなのに、小さな頃のことを思い出すと、

なぜかその映像の中の天気はいつも

「薄曇り」

なんです。

 

思い出の映像が、

曇りの日みたいに、

昼間の思い出でも、少し暗いんです。

 

切ない空気感。

心もとない空気感。

 

 

その空気感はどこから来るのかというと、

その頃の母の空気感だった気がするんです。

正確に言うと、私の記憶の中の、母です。

 

 

 

私の母は、カウンセラーらしく言うと(笑)、

「女性性豊かな人」

なんだと思います。 

 

柔らかく、おっとりしていて、世話焼き。

おしゃれをしたり、服を作ったり、インテリアにこだわったり、料理をしたり、身の回りを楽しく彩る人。

感受性豊か。

そして決められない。(←そっくりやないか)

強く主張するのも苦手。(←そっくりやないか)

 

 

母は、テレビで蓮◯さんが発言しているのを見て

「お母さんこの人苦手やわ〜」

と言いますが、

うんそうやね、向こうもお母さんのこと嫌いやと思う、イライラされると思うよ(笑)。

絶対相入れないであろう2人(笑)。

 

まあ、そんな人なので、いろんなことに我慢していたんでしょうね。

今だからわかることですが。

 

そして、強く主張もできないので、察してほしがるタイプ。

 

めんどくさし。

でも母も、一生懸命だったんだと思います、今思えば。

 

 

それで、夫(私の父)に対してや、

姑(私の祖母)に対して、

言えずに我慢していたことも多かったんだと思います。

 

祖母は蓮◯さんほどではないものの、チャキチャキタイプだったので、まーあ合わないですよね(^^;;

 

母は、祖母を「キツい人」とうがった目で見ているから、祖母の言動を、何かと悪くとる。

 

母も、もう少し俯瞰して見られるくらい、人として賢かったらよかったんだけどと思ってしまうけど(えらそうですが)、

そううがってしまうくらい、母も傷ついたんでしょうね。

 

 

だから、祖母がうちに来たら、ちょっとしたきっかけで不機嫌になって、

気持ちを押し殺したように食器を洗っていたりして、

子ども心に、母の機嫌をうかがうことはありました。

 

母は基本的には朗らかな人で、夫婦の会話も多かったんです。

 

だから、子どもに辛く当たるわけではないけれど、母が暗くなると、普段とのコントラストで家の空気感がガラッと変わるから、すぐわかるんです。

 

 

父や祖母への不満を、こまごま私たち子どもには言わなかったけれど、

それでもやはり、私たちに向ける笑顔の中に、隠しきれない不安感があったんだと思います。

泣きそうな笑顔というか。

無理した笑顔というか。

わかりやすし。

 

 

そんな親に育てられているので、

私たち子どもも主張ベタ。

 

よく、両親がケンカすると、

泣いて止めるとか、

おどけて両親の仲をとり持つとか、

そんな子どもがいると聞きますが、

私はそんなことをできる子が、うらやましいです。

 

主張ベタな私たち姉妹は、

そんなこともできませんでした。

親がケンカしていても、

「気づかないフリ」。

 

加えて、

うちの両親のケンカは、

言い合い、怒鳴り合いというのではなく、

他意はない父の無神経なことばに、

母が傷ついて、腹を立て、でも主張ベタなので、父を無視する、冷たくする、みたいな感じの冷戦が続くといったものでした。

 

父も父で、無駄に声が大きく(笑)、身内と思っているから、心を許しているからこそ、きつめの言い方になったり、冗談が過ぎたりするんですね。(←そっくりやないか)

三者の私から見たら、父に悪気はないのはわかるし、

でも、母の気持ちを考えたら、お父さんは何でそんないい方するねんという気持ちもあるし。

……どっちもどっちですな。

 

 

言い合いをするわけじゃないし、

子どもにケンカしているところを見せるのはよくないと思っていたのか、

親もケンカしているなんて私たちに言わないし。

そんな空気出してたら、こちとら十分わかっとるわい!

 

いっそ、言い合いしてくれたら、スカッとするのに。

 

 

大きくなってからは、

お母さんは何でちゃんと思っていることを言わないんだ!

ちゃんと話し合いをしないと、いつまでも根本解決しないのに!

といらだっていました。

 

私が今、

「何でもぶっちゃけて言ったほうがいい。

その方が信頼できる。」

というポリシーを持っているのは、

母を反面教師にしたという反動もあるかもしれません。

 

 

とにかく、そんなだからよけいに、

両親の冷戦状態は、

「触れてはいけないもの」

って感じがしたんです。

 

見てはいけないものな気がして、

2人がケンカしていることには決して触れないんです。

 

そのときの家の居心地の悪さったら。

 

 

たぶん、

最後まで母は、何に腹を立てているのか父に言えず、

父も、母が何で怒っているのかわからず、

日にち薬で元に戻るというパタンが、ほとんどだったと思うんです。

 

 

それで、子どもの頃は、親がケンカしていることは、

妹とも共有できず、

全部自分の中にためこんでいたんだと思います。

妹ももちろん気づいていたでしょうが、私と同じような対応でした。

今は、「わかるー、あの感じいややったー!」と話しています。

思い出を共有する人と共感しあうと、結構癒されるんです。

姉妹セラピー(笑)。

 

 

 

象徴的な思い出は、幼稚園くらいのとき、観音寺に行ったときのこと。

 

 

自転車で2、30分くらいの、隣の区に、少し大きな観音寺があったんです。

 

そこでは、節分の頃に、厄除のお参りがされていて、出店も出てにぎやかになるので、子どもの頃、よく家族で遊びに連れて行ってもらっていたんですね。

 

毎年、休みの日に、両親と私たち子どもの家族全員で行っていたのですが、

その日は、母が自転車の前後に私たちを乗せて、3人だけで行きました。

 

小さかったので詳細は覚えていませんが、

観音寺に着いてから、

母が、電話ボックス(←時代・笑)から電話をかけながら、

ツーっと涙を流していました。

 

感情を抑え気味の話し方で。

 

その後、父が1人自転車で来て、合流しました。

 

 

たぶん、ケンカをして、母は父に何も言わずに、子どもたちを連れて出てきたんだと思います。

 

本当は家出をしたいくらい腹が立っていたけれど、

本当に家出まではできない人なので、

せめて何も言わずに出て行って、父に心配させてやろうと思ったのだろうと。

 

 

でも、結局自分の方が心配になって、父に電話をかけたんでしょうね。

 

父は来て、怒るでもなく、

母は最初は気まずそうに笑顔少なめで、

でも出店を回りながら、

また時間薬で仲直りしていったんだと思います。

 

 

・・・と、そういう思い出を思い出したとき、

その情景の中の天気はいつも

「薄曇り」

なんです。 

 

 

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 実際の天気はどうだったかは、わかりません。

 

でもきっと、

子ども2人を乗せて

怒りながら

悲しみながら

1人一生懸命自転車を漕いでいた母の心が、

「薄曇り」だったんでしょう。

 

いや、正確には、

その母を見ていた私の心が、

「薄曇り」

だったんでしょうね。

 

 

小さなの頃のエピソードを、ピンポイントでつまみ上げると、楽しい思い出も多いのに、

その映像は、どこか薄曇り。

 

それはおそらく、そういうことだったんだと思います。

 

 

 

そんなわけで、

 

繊細で、我慢強い母の顔は、

いつどこで曇りだすかわからない。

 

ということは、私の世界も、いつどこで曇りだすかわからない。

 

そんな心もとなさが、私の漠然とした不安感の元だった気がします。

 

 

今はそれを紐解くことができて、

母のいいとこも悪いとこも客観的に見られるようになって、

怖いものも減ったので、

大人になってからの私の思い出の中の天気は、実際の天気通りになりました。

 

 

親のケンカも、大事な人が心を痛めているのを見るのは確かに辛いのですが、

そこら中にありふれた、ただの痴話げんかの1つであると理解できるようになりましたしね。

子どもの頃は、親のケンカはこの世の終わりのようでした(笑)。

 

 

 

ちなみに今は、父もさすがに学習して(笑)、どんな言い方が母を傷つけるのか、だいぶ分かってきたようです。

母も、昔より父に歩み寄るようになりました。

夫婦って、何年、何十年経っても進化するんですね。

深いです。

っていう浅い感想(笑)。

 

 

 

あなたの子どもころの思い出を浮かべたとき、その情景の中のお天気は、どんなですか?

 

そのお天気は、その頃のあなたの心模様を、如術に表しているのかもしれません。

 

 

 

 

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