1番不幸なことは
'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに
こんにちは、カウンセラーいなこです。
仕事で担当している幼児のみなさんや甥を見ていても、ブロッコリーは未就学児でも結構みんな知っていて、野菜の中でも割と食べられる子が多いんですよね。
味にクセが少ないからかな。
今どきの親御さんたちは、ブロッコリーを子どもさんに提供してるんですね。
私が幼児の頃は、そんなハイカラな野菜食べたことなかった気がする。
何時代生まれじゃ。
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「人は自分が幸福であることを知らないから不幸なのである」
ドストエフスキーのことばだそうです。
仕事で、患者さんに使う教材で見かけたのですが。
グッサリきちゃうなあ。(笑)
私は去年転職してみて、前の職場のよかったところにたくさん気づきました。
転職を決める前からも、恵まれている職場だとは思っていたし、だからこそ迷いに迷ったのですが、実際に転職してみたら、さらに感じるところもありました。
その幸せを、私はほんとにわかっていたのだろうか。
素直に享受できていたのだろうか。
感謝できていたのだろうか。
そんな疑問が、ずいぶんと長い間、私を苦しめていた気がします。
自分が幸せであるって、わかりにくいことなんですよね。
痛いこと、気持ち悪いことには、「不快だ!」と気づき、
「取り除きたい!」と気になり続けますが、
心地よいことは、馴染んでそれがニュートラルとなり、いつか意識にのぼらなくなるんです。
だから
どこも不快なところがないときは、
それが幸せだなんて思いもしないけど、
ひとたび、たとえばお腹がいたくなったら、
あー神様助けてー痛いよー
と、それまでどれだけ自分が幸せだったかということを痛感する。
こういう、当たり前にある幸せは、、挙げればキリないくらい、実はみんなが持っています。
自分が元気なこと
家族が元気なこと
パートナーがいてくれること
友人がいてくれること
仕事できること
食べられること
住むところがあること
などなど。
幸せとはこんなふうに、案外地味で、退屈なものかもしれないんです。
ドキドキワクワクする、動的な幸せもありますがね。
地味で穏やかで、変わりばえのない、映えない(笑)、静的な幸せが、どれだけ心地よくてありがたいことかということも知っておけば、もっと幸せを感じられると思うんです。
上を見たらキリがないから贅沢言うな。
これ以上、何も望むな。
という意味ではなくて。
地味で穏やかな幸せに気づいて、
ちゃんと受け取って、
味わってから、
さらに幸せを望んだ方が、
さらに幸せを感じられるし、
楽だし、
手に入りやすいんです。
私の転職については、転職したから気づけたこともあったし、新しい経験をしたから受け取れていなかったことにも気づけたところもあったし、私には必要な経験だったんだなあというところに落ち着けそうです。
ハハ。
自分は幸せであると知ることができたら、
あなたはあと何パーセント、
幸せ度を増量できると思いますか?
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