'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」悪くない人生のはずなのに、心から幸せと言いきれない、このままで終わりたくないと思ってしまう。そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

【ご相談】人を好きになれない、長生きしたいと思えない。―毎日に「好き」が圧倒的に不足していませんか?―

【ご相談】人を好きになれない、長生きしたいと思えない。―毎日に「好き」が圧倒的に不足していませんか?ー

 

 

ゆず湯に入りました。

 

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

またまた少し間が空いてしまいごめんなさい。

少しずつ掃除をしたりしています。

 

昨日の冬至は、

かぼちゃも食べて、

ゆず湯にも入って、

冬満喫で、おかげさまで元気にしております。

 

 

さて、

毎日が好きなものに囲まれていたら、

毎日の蓄積である人生も好きに囲まれたものになります。

 

人生がつまらない。

何のために生きているのかと思う。

生まれてきた意味がわからない。

 

そんなときは、

毎日に好きが不足しているのかもしれません。

 

ということで、本日は オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェにいただいたご相談にお答えします。

元のご相談文はこちら

 

オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェでは、根本裕幸お弟子さん制度を修了したカウンセラーが、無料で相談にお答えします。

どなたでも何度でも匿名でご相談いただけますので、お気軽にご利用ください(^▽^)

 

 

【ご相談】一生恋愛できないのではという焦り

わたしはここ数年、誰かを好きになるということができません。

好意をもってくれる方はいるものの、鬱陶しく感じて縁を切ろうとしてしまったり、とりあえず付き合っても結局相手の気持ちに応えなきゃとプレッシャーになりどんどん嫌いになってすぐに無理になってしまいます。

いま20代半ばですが、年齢的に周りがどんどん結婚や同棲を始める中、

ずっと同じところから進めないわたしをすごく惨めに感じてしまっています。

周りはどんどん大人になって新しいステップを進んでるのにいつまでこんなことしてるんだろう、一生こうなのでは、と思って毎日がつらいです。

また、もともと長生きしたいという願望がなく、なんとなく昔から20歳がピークだと思ってました。

そのため20歳を過ぎたあたりから未来を考えるのがなんとなく違和感で、10年後なにしてたい?とか聞かれると、

真っ先に10年後も生きてなきゃいけないのか、と思う感じです。(自殺したいとかは思ってません)

上記のような考えもあって、誰かと関係を深めるのが嫌で、好きな人ができないのかなとか思うのですが、

なにをしてても自分だけ無意味でなんのために生きてるかもわからなくてなにも成長しないように思えてつらいです。

どうやったら人を好きになれない自分を変えられるでしょうか。

この先も長生きしたい!と思えるような恋愛がしたいです。

何かアドバイスお待ちしています。

min465さん

 

 

【いなこからの回答】

min465さん、

このたびはココロノマルシェにご相談をお寄せくださり

ありがとうございます。

 

>どうやったら人を好きになれない自分を変えられるでしょうか。

とのことですが、

 

min465さん、

人を好きになれないことで今、

お困りですか?

 

困ってるから相談しとんじゃい!

とイラッとされているかもしれませんね(^^;;

 

だけどやっぱり、

人を好きになれないこと自体で、今、

お困りでしょうか?

 

min465さんはおそらく、

人を好きになれないこと自体ではなく、

人を好きになれない自分が、

キラキラした恋愛のない毎日が、

つまらなくて、

みじめな気がして、

そのことがいやなのではないでしょうか。

 

人生がつまらない。

 

だから、

 

>この先も長生きしたい!と思えるような恋愛がしたいです。

なのではないかと感じました。

 

 

どうやったら人を好きになれるか。

私には、わかりません。

 

というのも、

好きになるのは

理屈ではないからです。

 

 

たとえば、

カレーが嫌いな人に、いくら

「カレーを好きと思いなさい!」

といくら説得したって、

 

カレーをおいしそうに食べる人の映像を見せたって、

 

栄養成分を研究して、

エビデンスを添えて

カレーの素晴らしさを教えたって、

 

嫌いなものは嫌いでしょう。

 

もちろん、

何かの拍子に好きになることも

あるかもしれませんが。

 

 

ということは、

「今、好きになれないものを好きでない。」

という状態は、

今、そのこと自体では困っていない

ということなんです。

 

ごく当然の状態。

 

好きになれない人を好きになれないこと自体を、

嘆く必要はないということなんです。

 

 

なので、

自分的には、

実はこのままでも

生活に支障はない。

 

だけど、

周りの人を見たり、

世間の常識を鑑みたりしたときに、

「このままではいけない!」

という焦りや、

「私はおかしい」というみじめさ、

心躍ることがなく人生がつまらない、

などの現状否定の気持ちが

出てくるのではないでしょうか。

 

 

そう、

心躍ることがなく人生がつまらない

というのが、min465さんの今の総合的な気持ちなのかなと思ったのですが、

いかがでしょう。

 

まずは、min465さんの毎日を好きになるのはどうでしょうか。

 

 

私は、人を好きになる方法はわからないけれども、

毎日を好きになる方法はわかります。

 

 

それは、

 

好きなことをすることです。

 

 

しばいたろかい。

そう思われたかもしれませんが、

シンプルにこれがド正解です。

 

 

min465さんは、

好きなことしてますか?

 

>なにをしてても自分だけ無意味でなんのために生きてるかもわからなくて

とおっしゃっているから、

あまり好きなことされてないのかもなあと

思ったんです。

 

日々の生活に、

我慢や

妥協や

あきらめが多くはありませんか?

 

 

もし思い当たるふしがあるなら、

周りのために、

我慢や妥協やあきらめをしてこられたのかもしれません。

 

自分のオリジナルな正解より、

親や世間の正解からなるべく離れないように、

少しでもかするように、

いろんなことを選択してきた結果の

 

>なにをしてても自分だけ無意味でなんのために生きてるかもわからなくて

 

なのではないかと感じました。

 

 

だから今も、

世間の正解っぽい、

「年頃になったら恋愛して結婚」

ということができない自分に焦っている、

みじめさを感じている。

 

だけど、それは今の自分にとっては正解ではないから、

やる気になれない。

 

 

またまた先ほどのカレーの例を持ってくると、

自分はカレーが嫌いなのに、

周りの人たちはみんな好き(に見える)ので、

好きにならない自分はおかしいし恥ずかしいし、

嫌いというと角が立つので、

「う、うん、おいしいね(汗)」

と作り笑いでカレーを食べる毎日が続くという感じです。

 

もちろん毎日は楽しくないし、

何のために生きているんだろうという気持ちにもなります。

長生きしたいとは思いがたいです。

 

 

そこで、

もっともっとしていきませんか?

というご提案です。

 

 

好きなことをしましょうとか言われると、

もしかしたら、

 

好きなことするには

お金とか

時間とか

才能とか

いろいろいるし、

そんなに簡単にできたら苦労せんわ!

と腹立たしくなるかもしれません。

 

だけど、そうたいそうなことじゃなくても、

好きなものを好きなときに食べるとか、

好きな雑貨を見かけたら買ってみるとか、

そんな程度のことでいいんです。

 

 

好きなことしてそうな人を見ると、

「好きなこと好きにできる人はいいよね〜、

私とは違うわ」

といろんなところに

自由格差を感じることがかもしれませんが、

好きなこと好きなようにしてる人も、

生まれたときから

ポンっと

好きなものや人に囲まれていたのではないと思います。

 

少しずつ、

1つずつ、

探したり、

買いに行ったり、

自分で作ったり、

会いに行ったりして、

ときに「これはやっぱり違った」

とかいう失敗もしつつ、

好きなものや人を

自分の周りに集めてきたんだと思います。

 

だから、

「そんな、

好きなもの食べるとか、

そういうことちゃうねん。

その程度のことちゃうねん。

そんな程度の幸せは求めてないねん。」

とか思わず、

好きなことしましょうと聞いて、私は最初そう思ったよ。笑

ちっちゃなことから意識的にこだわって、

好きなことを1つずつ集めていってみてください。

 

その積み重ねが、

好きなものに囲まれた毎日になります。

 

 

そうして好きなことを集めていく過程で、

「好き」の感度も研ぎ澄まされていきます。

 

周りの正解基準で選択を繰り返してきた場合、

それが身にしみつきすぎて、

好きの感度が鈍っていることがままがあるのです。

 

他人基準がしみついて、

秒で、あたかも自分の気持ちのように判断してしまうから。

自分でも気づきにくくなっています。

 

だからこそ、小さなことから自分の好きにこだわって

選択していくことが大事です。

 

「好き」の感度が研ぎ澄まされてくると、

人もものも、

好きなものにより出会いやすくなります。

 

そしてそれが結果的に、

その人の研ぎ澄まされた個性になります。

自分の魅力も解放されていきます。

 

なんかワクワクしませんか?

 

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かく言う私も、

「何のために生きてるのか、、」

そんな思いを持ってました。

 

で、たどり着いた答え。

 

 

【悲報】

何のために生きるのか、

人生の意味は、

 

ない。

 

 

生きる目的も、

人生の意味も、ないです。

 

えー、そんな夢も希望もない!

と思われるかもしれませんが、

だから生きてても意味がないということではなくて、

意味も目的もないなら、

楽しんだもん勝ち

ということなんです。

 

意味はない

というか、

意味は自分でつけるもの

なんです。

 

だったら、

つけホーダイ!

 

あれこれ言って、できない、持ってないとすねてるより、

さっさととびっきりの意味を

つけてしまえばいいんです。

 

 

そして、

人生に意味はないと言ったけれども、

そうやって生きていたら、

「私、このために生まれてきたのかも」

と感じられる瞬間に出会うかもしれません。

 

 

しんどい

辛い

むかつく

あーやだやだ

の先に、

「私、このために生まれてきたのかも」

があると思いますか?

 

楽しい!

おもしろい!

幸せ!

ありがたい!

の先にこそ、

「私、このために生まれてきたのかも……!!!」

があるのではないでしょうか。

 

 

好きな人も、

ライフワークもまた、

その先にあるんです。

 

 

いや、もしかしたらないかもだけど、

毎日が楽しくておもしろくてしかたなければ、

好きな人がどうとか、

ライフワークがどうとか、

生きる意味がどうとか、

どうでもよくなってるかと。

 

 

そういう状態をなんて言うか知ってます?

 

幸せと言うんです。

 

うわー、置きにきた。笑

 

 

おそらく、

小さな頃から、素直に周りのいうことを聞いて、

周りの人をよろこばせようと

がんばってこられた方なのではないかと思います。

 

そのやさしさやがんばり、

人をよろこばせたいサービス精神を、

1番に自分に使っていいんです。

 

すべては幸せに、生きるため、

もっともっと自分の幸せに

貪欲になっていいんです。

 

人生に、どうせ意味なんてないなら、

好きなもので埋め尽くしてやれ!

毎日をおもしろおかしくしてやれ!

って思っていいんですよ。

 

 

 

冒頭で、

人を好きになれないこと自体では、

今はお困りではないのではないのではないかと

言いましたが、

そういう悩みが湧いてくるということは、

人を好きになることにまったく興味がないわけではないし、

人を好きになりたい、

人が好きな方だと思います。

恋愛にも興味があるし、

恋愛ができる方です。

 

好きになってくれる人を鬱陶しく感じたりすることには、

もしかしたら、人と親密になることにおそれがあるのかもしれません。

それも実は、他人に配慮して、他人の基準を優先してこられたことと

根っこは通じるところがあったりします。

より深く解決していくなら、

その点について、より詳しくおうかがいして、

セッションでそこにあるおそれを癒していくというのもいいかもしれません。

 

 

まずは、好きの感度を研ぎ澄ます。

毎日の中に1つでも好きを増やす。

お試しください(^^)

 

 

ずっと応援しています(^▽^)

ご相談ありがとうございました!

 

 

 

20歳がピーク、、

んじゃ倍生きてる私はミイラ、、

いや、むしろもう輪廻転生して

ぴちぴちの赤ちゃんかも、、

え、むしろラッキー、、

だから今いろいろ自己改革してるのか、、、

ちゃんちゃん。

  

 

 

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