「助けてください」が言えないあなたへ。助けたい人と助けてもらいたい人の需要と供給は。
すっかり梅雨景色となりました。
'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに
こんにちは、カウンセラーいなこです。
湿気がものすごい大阪です。
あちー。
さて、私たちはたいてい、
「困っている人を助けましょう」
と教えられてきました。
そうですよね?
家庭でも、学校でも、そこによって強弱はあるものの、
たいていの人が、
困っている人がいたら助けることは、良きこととされ、
それができたら褒められ、
それができる自分を、誇らしく思ってきたのではないでしょうか。
……ということは、
この社会には、
「助けたい人」
「助けることのできる自分が好きな人」
がうじゃうじゃいると思われます。
その一方で、
「人に迷惑をかけないように」
と教えられてきた人も多いのではないでしょうか。
他にも、「迷惑をかけない」の亜型として、
「自分のことは自分でやる」とか。
こちらも、環境により強弱はあるものの、
多くの人が、
迷惑をかけずに自分のことは自分でやることを美徳として育ってきていると思われます。
……ということは、
人に迷惑をかけずに自分のことは自分でやりたい人が多い
=
人に助けられたくない人が多い
と考えられます。
これは大変!
助けたい人が多いのに、
助けてもらいたい人は少ない。
「助けたい」の供給過剰が起こっています!
需要と供給のミスマッチ!
「助けたい」のインフレ!
……とか考えていたら、
もしかして、もっと「助けて」って言ってもいいのかも。
困っている人がいたら助けるぜー!とウズウズしながらアイドリングしている人って結構いるのかも。
なんて思いました。
私は心理学を勉強して、
人様には「1人でがんばらなくていいんですよ」なんて言うくせに、
未だに未だに自分は、人を頼るのが苦手だからさー。
実際、何かハプニングが起こったり、誰かが具合悪くなったりしたら、
目が覚めたように張り切って、
力が湧いてきて、
でもとてもやさしい気持ちで、
人のために場のために、あれこれ動き回った経験のある人は少なくないのではないでしょうか。
なんせ「困っている人がいたら助けましょう」って、幼き頃から英才教育されてきたんだし。
でも教育の賜というだけでなく、
犠牲ではない、ほんとの愛から助けたいっていう気持ちは、みんなどこかに持っているんですよね。
余裕さえあれば、みんな人に貢献したいっていうのが人の本質だと思います、私は。
なのに一方で、人に迷惑をかけてはいけない、自分のことは自分で(≒人に助けを求めてはいけない)って教えこむなんて、なかなかの矛盾だよなー、ダブルスタンダードだよなー。
混乱しちゃうぜ。
ということで、ほんとは助けてほしいけど、無視されて誰も手を差し伸べてくれない気がして怖くて「助けて」と言えないときは、
私たちは「困っている人がいたら助けましょう」という英才教育を受けてきた、という事実を思い出してみてください。
「助けてください」と発することは、
愛の需要と供給のバランスをとり、
愛をうまいこと循環させていくのに貢献するんです(^_-)
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