'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

【ご相談】人には裏表があると知ってしまって、人間不信になっちゃった。

【ご相談】人には裏表があると知ってしまって、人間不信になっちゃった。

 

 

裏表のある人は、怖いですか?

人に裏表があるのはそんなにめずらしいことではないと知ったら、怖くなくなります。

それも込みで信じることができるようになります。

かく言う私もその昔は、一点の曇りもない高潔な人間であろうとしてたかもなあ。

うん、我ながら丸なった。

年、とったんでっしゃろなあ……。

 

 

'それなりに'うまくいっている→を'おもいっきり'しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

くしゃみが出そうで出ない。

これを本日、2、3回経験いたしました。

花粉チャン。

 

  本日は、オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェにお寄せいただいたご相談にお答えしました!

元のご相談文はこちら

 

 

【ご相談】人には裏表があるということを知ってしまって、人間不信になっちゃった。 

こんにちは。24歳 女です。

過去に 「人には表裏がある(本音と建前)」ということを 身をもって、衝撃と共に痛感させられる出来事を経験しました。

その出来事以降 友達にも 家族までにも 「そう言ってるけど 本当は真逆のこと思ってるんでしょ?」と 疑いの目を持つようになり、人間不信になりました。

特に 社会人になってからというもの、職場の人は みなさん本当に上手に裏表を使い分けており 余計に人間不信が加速しました。

そして 元々 人からどう思われているのか気にしがちだった性格に拍車がかかりました。

人にどう思われているのかが分からないことに対して 恐怖を感じすぎて動けません。

また、失敗してしまった時には「こう思われてたらどうしよう」が止まりません。
考えてもどうしようもないことはもちろん分かっています。

自分がこれ以上傷つかないようにするために・自分が自分を守るために 無意識の中で 「人間を信じてはいけない」というブロックを作っているんだろうなというのは感じています。

でも 顕在意識的には 人を信じられるようになりたいと思っています。

この、人間不信のブロックを外すには どのようにすればよいのでしょうか。

(このギャップを埋めるためにも 自己肯定感を上げることは必要なのだと思ってはいます。)

この先、生きていけば 悲しいことや傷つくこと 辛いことがあるのは当然。だったらこれ以上傷つきたくないし 何も感情を感じたくないから 人間辞めたいって思うばかりの毎日です。

まとまりのない文章ですみません…。

(ゆんちょさん)

 

 

 
【いなこからの回答】

ゆんちょさん、はじめまして。

いなこと申ます、以後お見知りおきを。

 

ゆんちょさん、「サトラレ」ってご存知ですか?

妖怪ではありません。

昔、オダギリジョーさん主演でドラマになったのですが、原作は漫画みたいです。

今調べたら、2002年のドラマでした。

24歳……知らんか。

 

私も、漫画もドラマもちゃんと見てはいないので(見てないんかい)、詳しいストーリーは知らないのですが、

簡単に言うと、「サトラレ」というのは、心で思っていることが伝わってしまう人のことです。

まれに、そういう性質を持って生まれる人がいる、という世界線の物語です。

 

心の声が周りの人に全部伝わってしまう。

だから、「悟られ」。

 

この、サトラレのストーリーでは、本人は、自分がサトラレであるとは気付きません。

自分の心の声がバレていることは、自分ではわからないみたいです。

 

サトラレ」という性質の人がまれにいることは、一般的には知られているけれど、

当の本人は、自分がそうであるとは気付いていない。

誰かが言わない限りは。

 

もしも、自分がサトラレであると知ったら、精神が崩壊してしまうので、絶対に本人に言ってはならないという法律がある、という設定です。

 

うん、自分がサトラレだったってわかったら、崩壊しちゃうね、恥ずかしすぎて。

「ちょっと〜、早く言ってよ〜!」どころの騒ぎじゃない(笑)。

恥ず死してしまいます。

 

 

だけど、幼い子どもって、ある意味サトラレみたいなものだと思うんです。

 

私には4歳の甥がいます。

まだまだ自分中心の世界に生きているので、
大人なら言いにくいことを言ったりもします。
うちの実家に集まっていても、自分が飽きてきたら、タイミングもお構いなしに、
「もう帰るわ。」
とか。
1人では帰れないくせに(笑)。

好きも嫌いも、正直に言いますよね。
お父さんも好きですが、お母さんが1番みたいなので、「お父さんはあっち行っとき」とか(笑)。

 

言ったら相手が傷つきそうなことや、逆に、大人だったら照れて言えないことなんかを、平気で言ったりしますよね。

悪気なく。

心の声がそのまま出ちゃって。

 

これってある意味「サトラレ」だなあって、見ていて思うんです。

 

ってことは、誰もが生まれてから一定期間は、「サトラレ」みたいなもんだったんだと思ったんです。

「一過性発達性サトラレ症候群」とでも名付けましょうか。

  

 

だけど、成長するとともに、

羞恥心とか、虚栄心とか、感情はどんどん複雑に発達していき、

また、言ったら人を不快にさせてしまうことがあるとか、いろんなことを学習して、

だんだんと、本当の気持ちを一部隠して、「悟られまい」とするようになります。

 

そうして、いつしか、

サトラレマイ」

になっちゃうんでしょうね。

里田まい」みたいだな。

 

 

で、私は何の話を聞かされてるわけ?と思ったそこのゆんちょさん!

 

何が言いたいかというと、

裏表があるのは、そんなに悪いことですか?

もっと言うと、

裏表があるのは、そんなに特別なことですか?

ってことです。

 

 

誰もがかつては、「サトラレ」であったわけです。

でもそのままでは生きづらいし、恥ずかしいこともあるし、だから、「サトラレマイ」へと変態してきたわけですよね。

 

やっぱり、大人の図体で、「完全サトラレ」として生きていくのはキツイだろうと思います。

摩擦が起きすぎる。

 社会で生きていくには、やっぱり多少はサトラレマイへと変態するのは、やむを得ないのかなと思うんです。

また、「サトラレ」に、そのことを告知してはいけないという法律があるように、

心の中は誰からも侵害されないで守られないと、精神が崩壊してしまうでしょう。

 

 

ゆんちょさんも、「この人、裏表ありそうだな」と思っている人に、

 「私、あなたのことを、『そう言ってるけど 本当は真逆のこと思ってるんでしょ?』と 疑いの目を持って見てるの。」

なんて言わないでしょ?

 

内心疑っていても、表面上は、愛想笑いするなり、適当にあいづち打つなりしているのでは?

 

これも、「裏表がある」と言えますよね、ある意味。

 

ということで、ゆんちょさんも同罪なんだから、人のことをとやかく言ってはいけません!

とか言いたいのではありません。

 

 

じゃなくて、

ゆんちょさんが、

 「そう言ってるけど 本当は真逆のこと思ってるんでしょ?」

という本音を、本人に言わないのは、どうしてですか?

 

陰でその人をあざ笑うため?

ではないと思うんです。

 

そんなこと、言えないですよね、本人に。

怒らせるかもしれないし、

傷つけるかもしれないし、

失礼だし。

 

だから、言えないんです。

 

ってことは、ゆんちょさんが見てきた、

「裏表のある人」も、

別に他人をあざ笑うため、欺くためにそうしているわけではないのかもしれません。
 

多少、裏表があったって、そんなに深い悪意とかないから、恐れるに足らぬ。

ということです。

自分を守ってるだけ。

 

 

完全に裏表ない人って、ほぼいないと思う。

私だって、心のうちでは、あんなことやこんなこと、時々そーんなことまで考えちゃってることあります。

いやーん言わせないでッ♡

 

 

何をもって「裏表」とするか、定義にもよりますが、

いくら本音でも、言わなくてもいいこともありますしね。

 

「自分に正直でいること」と、

「何でもかんでも正直に言うこと」とは、

別のものです。

 

嫌いな人のところにツカツカ歩いて行って、

肩をトントンして、

「ねえねえ、私あなたのこと嫌いなの。」

ってわざわざ言う必要はないです。

 

自分の中に生まれる感情には正直でいたらいいけれど、

それを人に伝えるときは、ある程度のマナーがあった方がいいと、私は思います。

嫌いなヤツだって人間だから、傷つきもするのヨ。

 

 

 

ただ、程度問題ですよね。

>過去に 「人には表裏がある(本音と建前)」ということを 身をもって、衝撃と共に痛感させられる出来事を経験しました。

とおっしゃっているので、あまりにその人の裏と表がかけ離れすぎていたのかもしれません。

 

そういう人もたまにいますね、ハハ(^^;;

 

そういう人はですね、表向きはめっさめさ悪いやつに見えるけれど、

中身は弱々のウサギちゃんってことも多いです。

 

 

人は元は、「サトラレ」だったけれど、

成長とともに、「サトラレマイ」へと変態していくわけですよね。

私の私見ですけど。

 

それは何でかって言うと、

サトラレ時代に傷ついたから」です。

 

何の悪気もなく、「サトラレ」として生きていて、

言いたいことをいい、

したいことをしていたら、

怒られたり、

泣かれたり、

揉めたりしてきたからです。

 

それで、

「あー、思ったままのこといっちゃダメなんだな」

って学習してきたんです。

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だから、裏表のギャップが激しすぎる人ほど、

なり傷ついてきて、

自分の本音は、すごぉーく悪いもので、

絶ーっ対に人様にお見せしてはいけない!

と、怯えているとも言えるわけです。


ね、意外にかわいそうなやつなんですよ。

 

ということで、やっぱり、

恐れるに足らぬ。

ということになるわけです。

 

 

 

あとはですね、

ことばがどれだけ的確に心の内を表せているか?

という問題もあります。

 

昔から、言葉は心を越えない、アア〜とても伝えたがるけど、心に勝てない、ってチャゲアスも言ってます。

24歳……知らんか。

 

たとえば、表ではいいこと言っといて、裏では口汚く罵っているような人がいたとして、その罵りは、

自分を守るための強がりかもしれないし、

ウケを狙って盛りすぎてしまったのかもしれないし、

その場にいた人と悪ノリで言いすぎてしまっただけかもしれないし、

その場の空気を読んで、仕方なく周りに同調したのかもしれないし、

言った後、あー、言いすぎたなーと嫌な気持ちで後悔しているかもしれないわけです。

シンプルに、表現法がヘタなだけの人もいますし。

「表」のいいことばにも、

「裏」の悪いことばにも、

どっちにも本音は入っていて、どっちかだけが本音ということも少ないと思います。

 

 

思春期男子の武勇伝みたいにね、

男同士で話しているのを聞いてしまって、

も。

って思ったことが私にもあります(笑)。

 

だけどそれも、

男同士、見栄張ってるだけだったり、

どういう意図で言っているか、

どこまでが本音かなんてわかりません。

 

 

ってことで、人の言ったことをそのまま真に受ける必要はありません。 

やっぱり、

恐れるに足らぬ。

というわけです。

 

 

ゆんちょさんは、人に誠実であろうとされている方なんでしょうね。

だから、裏表の激しい人を見て衝撃を受けたんだと思います。

 それだけ純粋だということです。

 

その純粋さがあれば、裏表のある人の、傷ついてきたバックグラウンドも想像できるかもしれません。

程度の差こそあれ、裏表あるのは特別なことではないし、

それも含めて、人はかわいい、かわいいものですね〜って、美空ひばりも昔から言ってます。

24歳……知らんか。

 

裏表込みで、みんなそんなとこも抱えながら、自分守りながら、一生懸命生きてる。

その点では誰も一緒かなって思ったりもします。

 

多少の裏表は標準装備として、それでも人にはあたたかいところ、純粋なところもあったりするんです。

 

 

ということで、

裏表問題についての解説に終始して、浅めの回答になりましたが、

人を信じられない、どう思われているのか気になるということについてのもうちょっと深いお話については、おもしろ先輩東大先生がお答えしているので、そちらを熟読なさってください。

 

私も、カウンセリングであれば、その辺りのことをもっと詳しくお聞きしたいところですが、今日はこの辺で。

参考になればうれしいです。

 

ずっと応援しています(^▽^)

ありがとうございました!

 

 

 

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