'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」悪くない人生のはずなのに、心から幸せと言いきれない、このままで終わりたくないと思ってしまう。そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

【ご相談】過去を振り返ったら家族への理解は深まったものの、自分の癒しはいまいちです。

【ご相談】過去を振り返ったら家族への理解は深まったものの、自分の癒しはいまいちです。

 

 

冷房を一切使わずに、これを書いています。

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

ひとしきり雨が降って、まだ雨が続く予報の大阪です。

このまま秋になっていくのかな。

少しさみしい気もしないではないですが、心配せずとも、大阪の夏はそうはいかないよな(笑)。

 

お得なモニター価格でのカウンセリング、募集中です!

【モニター価格】8月のカウンセリングのご案内

 

さて、心理学を学んで、現状を何とかしようと一生懸命努力されている方は、今の問題の解決には、過去に何らかの傷のようなものがあり、それを振り返って癒すことが有効ということはよくご存知かもしれせん。

だけどいざ振り返ったら、家族の大変さは理解できたけれども、自分の大変さはあまりピンとこなかったということがあります。

それは、愛が大きすぎて、これでもかと自分以外の人を優先させる癖が染みついているから。

振り返る時にも、愛ゆえに自分以外の人を優先して、自分を優先してしまうんですね。

つまりは、愛が大きい分だけ、なかなか自分の感情とはつながりにくいということもあるのかもしれません。

 

ということで、本日は オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェにいただいたご相談にお答えします。

 

元のご相談文は こちら

 

オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェでは、根本裕幸お弟子さん制度を修了したカウンセラーが、無料で相談にお答えします。

どなたでも何度でも匿名でご相談いただけますので、お気軽にご利用ください(^▽^)

 

 

【ご相談】過去を振り返ったら家族への理解は深まったものの、自分の癒しはいまいちです。

開設当時から時々読ませて頂いています。 どの方のご回答も読むと自責感覚が薄れ緩め癒されます。 ありがとうございます。

感謝と共に今まで棚上げにしていた自分を振り返り過去切り捨てて来た本音と向き合う一貫として、こちらにアウトプットさせて下さい。

また、アドバイスなど頂けましたら幸いです。

 

私は現在40歳です。 未婚でパートナーは同性です。

6年前から自営をやってますが、何度も燃え尽きがあり今は無気力状態で2年になります。

新規を増やす努力を思い切って一切辞め継続仕事と時々来る単発仕事をこなしてほぼ開店休業状態です。

パートナーが家計を支えてくれているのでそんな状態でも成立しています。

感謝してるし申し訳無さもあります。 また強烈な恥ずかしさがあります。

無気力は物心ついた頃からありました。

 

その起源を探し本音を探る作業を今やっています。 今の所見えてくるのは明治生まれの厳しい祖父母です。

母が精神病で入院していたので祖母と共に居た幼児期に厳しくされた記憶があります。

いくつかのシーンを思い出せますが、遠くから当時の私の姿を見ているようで感情などは再現されません。

確かすごく泣いたとか怖かったと映像としては残ってるのですが生々しさはありません。 そのせいかそれらの記憶を詳細に書き取ってもあまり変化はありません。

 

また私が今強烈に感じる羞恥心は祖母から受け継いだものだと思います。

大変プライドの高い人で弱さを見せることが出来ず常に苛立ちまた鬱々としてました。

私も「大丈夫な自分」でしか人と繋がれず30代半ばまでは何とかそれでやれましたが、落ち込みからの回復に時間を要するようになり、現在の長期の無気力状態に至ってます。

 

祖母は苛立ちを露わにする人でしだが、私は怒ることが苦手で、それは祖母を怒らせないようにする癖があったのと、重い鬱症状で依存心の強い母を怯えさせないために取った選択でした。

それは愛からというより期待しないこと自分から感情を切り離すことで楽になる方法でした。

私はそのような手法で無気力ではあるけど情緒的には安定した人格形成が成され逆に兄は家族の病理を引き受けるように幼児期から様々な問題を呈しました。

また祖母がそのような苛立ちの中に居たのは情緒的に欠損した祖父への不満や淋しさからだとこの振り返りから考えるようになりました。

 

祖父は紳士的で穏やかですが子供心に違和感がありました。

例えば長時間自分の用事に幼児の私を連れ回しても私の心身の疲れを慮ることは一切なくまた自分だけ飲み物を買って飲んだりします。

それは「意地悪」ではないのです、それは子供心にわかりました。

ただ単に「相手の様子を見る」や「共感」がないのです。

また一方で社会ルールには馬鹿みたいに従順で一円でも拾ったら交番に届けていました。

こうかくとアホのようですが市役所勤めの後70歳を越えても集金の仕事をしてたり勤勉でした。

情緒的コミュニケーションだけ出来ない感じです。それ以外は模範的です。

 

その2人の長男である叔父がまた問題を抱えてました。

情緒欠損は今思えば祖父から受け継いでいたのでしょうが、社会的現れ方が真逆で窃盗など幼児期から繰り返すいわゆる反社会性人格障害でその叔父の経験から祖父母は本家の内孫である私達兄妹に厳しく教育にあたりました。

やんちゃだった兄はよく折檻を受けていました。

 

その頃の記憶に母と父は登場しません。

母は病院に父は仕事を常にしていました。

父は叔父を反面教師に過度に実直な性格です。

また祖父とは違い無口ですがとても情を感じる人で私はファザコンだと思います。

 

母へは長年わだかまりがありましたが母もまた10代で発病する前から姉達に情緒的に搾取され親代わりの兄達は相次いで自死し依るべは常になく依存的にならざるえないなと思えました。

 

家族の歴史を振り返るほどそれぞれにそうならざる得ない事情がわかり1番苦手だった叔父にすら祖父の合せ鏡として病理を引き受けていたのではないかと思うと1番の被害者に思えます。

 

幼児期の自分の不満を解消するつもりが辿るほど家族への理解がただ為されるだけで、それは目新しくはなく言語化する前に私がすでに幼少期からやってたことのように思います。

故に今の自分の長年の無気力と抑鬱に繋がると理解してるのですが進みません。

冷静に考えれば例え大人達にそれぞれの事情があったとしても小さな子供の心が圧迫されることは許諾しかねることで、当時の私も兄も相対的にどうであれ不幸は確かにあったのだろうと思います、思いますがそれは頭で考えてのことで、心で寄り添う感覚ではありません。

 

兄もいとこ達も皆大人になるほど生きづらさを体現し母方のいとこは何人か自死し父方は皆四十を越え独身。

ほぼ社会的ひきこもりで寂しい生き方をしています。

 

私が1番マシな方で皆、私は何も問題ないと思ってると思います。

性的嗜好も長年の仕事での失敗や社会不安も知らないので。

また習性で親族で集まる時は誰よりもまともに振る舞います。

一緒にいる人を安心させたいという意識が強迫的なほどあり空気を軽く楽しく問題はない、という風に作る癖があります。

そのためには私自身が最も安定して幸せな人物だと思わせ無ければとなります。 だから問題にされるのは未婚のことくらいです。

自分に集中しようとすると意識が自分以外の家族や親族に向かってしまいます。

自分のネガティブな感情からの逃げ癖だと思います。

とりとめなくなってしまいましたがアウトプットさせて下さりありがとうございました。

書割さん

 

 

【いなこからの回答】

書割さん、はじめまして。

いなこと申します。

このたびは、ココロノマルシェをご利用いただきありがとうございます。

開設当初からご覧いただいているなんて、私よりベテランですね。

いつもありがとうございます(^^)

 

理路整然とわかりやすい文章から、

とても聡明でまじめなお人柄を感じ取りました。

と同時に、静寂さと、サーッと冷たいような空気も。

 

書割さんの性格が冷たいということではありません。

書割さんが感じていらっしゃる感覚がそうであったり、

あるいは書割さんのいらっしゃる世界を書割さんが、

静寂で、冷んやりしているように感じてらっしゃるように、

私が感じたということです。

 

ご自分の過去を振り返っても、

>いくつかのシーンを思い出せますが、遠くから当時の私の姿を見ているようで感情などは再現されません。

と、自らおっしゃっている通り、

生々しい感情というものが、今の書割さんから切り離されているためかもしれません。

 

そうなるのも無理はないと、内容を拝見していて思いました。

 

精神病で入院がちなお母さん、

プライドが高く、苛立ちを露わにするお祖母さん、

共感能力に乏しいお祖父さん、

幼児期から様々な問題を呈し、祖父母に折檻を受けるお兄さん、

反社会的な言動をする叔父さん、

自死が多い父方のいとこ達、

社会的に引きこもり状態の母方のいとこ達。

 

書割さんがおっしゃるように、

「それぞれにそうならざる得ない事情」があり、

誰が悪いわけでもないけれど、

このご家族の中にいた子どもの書割さんは、

どうやって生きてこられたのでしょう。

よくぞこんなにもやさしく、ご立派になられましたね。

本当に、よく頑張ってこられたのだと思います。

本当に、お疲れさまです。

 

>幼児期の自分の不満を解消するつもりが辿るほど家族への理解がただ為されるだけで、それは目新しくはなく言語化する前に私がすでに幼少期からやってたことのように思います。

とおっしゃっています。

 

幼い書割さんには、辛すぎるできごとでも、

人の真意を感じ取れるから、

表向きの言動の奥にあるものを理解できるから、

怒れなかったのでしょうね。

 

大人になっていろいろなことがわかるようになって、

自分史を振り返った今だから、

ではなく、昔から。

小さな頃からもう、ずっと、ずーっと。

 

気に入らない扱いをされたら、所構わず思いのままに、

泣き喚いたり、

泣き怒ったり、

しつこく駄々をこねる年齢の頃から、

怒ることも訴えることも抑えてこられたのではないでしょうか。

 

なぜなら、書割さんには、それができる能力があったから。

 

たとえば、お祖父さんのお話。

長時間、小さな書割さんを自分の用事で連れ回したあげく、自分だけ飲み物を買って飲むといったお祖父さんの行動を、

>それは「意地悪」ではないのです、それは子供心にわかりました。 ただ単に「相手の様子を見る」や「共感」がないのです。

と、寄り添い理解されている。

表面上の行動から、その真意を汲みとる能力に、小さなから長けてらっしゃったのだと思います。

 

書割さんは、それぞれに、いろいろな痛みを抱えるご家族たちの中で、

それぞれをよく見て、

愛そうとして、愛したくて、

何とか理解したくて、

だけどそれ故に痛む自分の心とも、何とか折り合いをつけようとして、

やってこられたんだと思います。

 

>一緒にいる人を安心させたいという意識が強迫的なほどあり空気を軽く楽しく問題はない、という風に作る癖があります。

とおっしゃっています。

人に与えたいものは、自分が欲しいもの。

書割さんこそ、ずっと、心の底から安心したくて仕方なかったのではないでしょうか。

 

>習性で親族で集まる時は誰よりもまともに振る舞います。

>そのためには私自身が最も安定して幸せな人物だと思わせ無ければとなります。

それは、「不安定で」「不幸な」家族を間近で見る辛さを、誰よりも知っているから。

 

そんな辛さを、ご家族には感じさせたくないと、

書割さんは、ご自分の才能を使って、

小さなころから小さな体で、

一族の痛みを一気に引き受けてこられたのだと思います。

 

書割さんほどには、心の機微を感じ取ることができる人は、周りにいなかったのかもしれません。

 

>祖母は苛立ちを露わにする人でしだが、私は怒ることが苦手で、それは祖母を怒らせないようにする癖があったのと、重い鬱症状で依存心の強い母を怯えさせないために取った選択でした。

それは愛からというより期待しないこと自分から感情を切り離すことで楽になる方法でした。

とおっしゃっていますが、それも愛の一種だと思います。

お祖母さんが苛立つことで、お母さんが怯えさせることのないようにするのは、お母さんが怯えると書割さんが辛いから。

何が辛いのかというと、お母さんが辛そうな姿を見ることです。

つまりは、お母さんに幸せであってほしいという愛です。

 

いやいや、だからそんな愛とかじゃなく、期待せず、自分から感情を切り離すことで楽になろうとしていただけなんだとおっしゃるかもしれませんが、もしもそれだけだとしても、それも、自分への愛です。

感情を切り離さないと、身が切られるように辛いから、そうせざるを得なかった。

そうしないと生きられなかった。

自分を守るための愛です。

むしろ、書割さんが、その能力を少しでもご自分に使ってくれてよかった。

愛を少しでも自分に向けておられてよかった。

私はそう思います。

 

 

家族の痛みをこれでもかと感じながら、

それとは裏腹に、自分の感情は切って、

「大丈夫な人物」になって、一族の安心でいたかったのですね。

希望でありたかった。

 

ずっとそうやって、自分が安定した大丈夫な人物であろうと、

自分の感情を切って、

自分の能力を最大限に酷使し、

家族を守ってきた書割さんは、

気づけば1人ぼっちのように感じられているかもしれません。

 

動揺させたくない、

悲しませたくない、

辛い思いをさせたくない。

何も心配することなく、安心させてあげたい。

 

そのために、私は大丈夫でいなければいけない。

失敗したこと、

マジョリティからは外れていること、

身が切られるような思いをしていることは、

絶対に見せてはいけないから。

 

自分が喉から手が出るほど欲しかった安心を、

愛する家族に与えるのと引き換えに、

書割さんは、自分自身が安心できる場を失ってしまったのではないでしょうか。

 

 

>自分に集中しようとすると意識が自分以外の家族や親族に向かってしまいます。 自分のネガティブな感情からの逃げ癖だと思います。

そんな風におっしゃらないでください。

すべては書割さんの

感度の高い心、

細やかで鋭い洞察力、

先の先まで見えてしまう聡明さ

どんなことも呑みこめてしまう器の大きさ、

そして、愛からの、癖です。



f:id:inainaco:20210319212449j:plain 



もうずっと、幼い頃から切り離していた感情。

 

40年分、一体どれだけ未消化の感情が積もっていると思いますか。

 

心理学では、このような状態を、

「自分とのつながりが切れている」

と言ったりします。

 

実は私も、カウンセラーの勉強をする過程で自分と向き合う中で、

「自分とのつながりが切れているのでは」と、何度か言われたことがあります。

 

「自分とのつながりが切れている」なんて、何だか、

お前は何もわかっていない人間で、

自分に嘘をついて自分の気持ちをごまかして、

本心を隠した上っ面だけの奴だと言われているようで、

そう言われるのが私は嫌いだったんですね。

内心傷つき、苛立っていました(笑)。

私も感受性の豊かさにはそこそこ自信があるし(笑)、自分の心に正直にあろうと生きてきたつもりだったので。

 

でも、「自分とのつながりが切れている」ということは、

自分の本心を意図的に偽っているということではなくて、

自分の感じたいように感じる、

思いたいように思う、

したいようにするといったことを、

いろいろな経験から、封じ込めざるを得なかった、それだけ我慢してきたということなんですよね。

封じ込め、我慢した背景には、必ず愛があります。

一見、愛のようには見えなくても、心の層に深く潜っていけば、必ず愛の層にたどり着くんです。

最深層は、愛なんです。

 

愛、愛ってクサイですか?胡散臭いですか?サムいですか?それとも暑苦しいですか?

だけどこれが私の学んだ心理学なので、許してくださいね(笑)。

 

 

愛ゆえに感じることができなかった感情たちとつながるには、

先に話した背景があるため、その愛が大きなほど、なかなか一筋縄ではいかないかもしれません。

時には疑いが出てきて、くじけそうになるかもしれませんが、それでも必ず、愛の層にたどり着くんだということは、忘れないでください。

 

 

実直で、無口だけどとても情を感じるお父さんからも、書割さんはとてもいいものを受け継いでおられるのだと思います。

お父さんは、お仕事でお忙しく、幼少期は一緒に過ごした思い出が少ないのかもしれませんが、ご家族のために黙々とお仕事されていたのかもしれませんね。

そんなお父さんは、書割さんにどんなものを与えたかったと思いますか?

お父さんのやり方で、書割さんに、安心を、幸せを与えたいと思ってらっしゃったのではないかと私は思うんです。

 

そして、パートナーの方。

家計を支えてくれるパートナーの方も、お父さんと同じ思いではないでしょうか。

 

書割さんが、渇望している安心を与えることができたら、

この方たちはどれだけ幸せを感じることでしょう。

書割さんの大丈夫じゃないところ、その欠けてくぼんでいるところを受け皿にして、その安心をしっかり受け取ってあげてください。

 

本当にここまで、よく頑張ってこられました。

もう1人で、「大丈夫な人」として守るやり方を続けなくても大丈夫です。

大丈夫じゃないことも、感じていいんです。

見せてもいいんです。

 

 

私もちょうど今日、まだ親のために、みじめでありたくない、安心させたいという思いがあり、そのために苦しくなっていることに気づいて苦しくなっていたところでした(笑)。

お答えすることで、また私も、1層深く潜って、愛の層に近づけた気がします。

ありがとうございます。

 

ずっと応援しています(^▽^)

ご相談ありがとうございました!

   

 

 

▽お問い合わせ、ご意見ご感想はコチラ