'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

私の人生、詰んでなかった。ちゃんと、積んでた。

 私の人生、詰んでなかった。ちゃんと、積んでた。

 

 

やっと梅雨の本領発揮といったところの大阪です。

じめじめむしむし暑い。

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは

カウンセラーいなこです。

 

更新があいてしまいました。

いろいろと書きたいことはあったのですが、月後半に新患さんが続いたり、月末業務に追われたりで、ブログを書く余裕なく、バタバタしておりました。

 

 

月末業務も何とか終わらせた先日の週末、ヤタさんの2回目のカウンセリングでいただいた宿題を、決行しておりました。

 

今回の宿題は、2つだったのですが、

1つは、私は過去への後悔や、未来への心配に意識が飛びやすいので、それが始まったら「今できること」をやることに意識を向けること。

こちらは日々実行中です。

少し意識するだけで、だいぶ違うものですね。

 

もう1つ。

私は、前の職場の人の気持ちを受け取らずに辞めた。

見ないようにしていた。

受け取ってしまうと、辛すぎて、辞められないから。

進めないから。

だけど、それをちゃんと受け取っていないから、かえって執着してしまう。

それを今一度受け取ろう。

ということで、

「前の職場の人7人に、私のいいところを聞く」

という宿題をいただきました。

何で7人と半端なの?と思われた方。ラッキー7で縁起がいいからだそうです。うそです。計10人で、残りはカウンセラー仲間からということです。

 

宿題を言い渡されたときは、テンションが上がっていたので、「がんばります!」と威勢よかったのですが、いざ決行しようとすると、やはり怖くなってくる。

 

「前の職場の人の気持ちを受け取らずに辞めた。」と書きましたが、本当にそうだったんですね。

自分自身が寂しくて、悲しくて、辛くて、辞めるという決断にも自信がなかったので、職場の仲間に辞めることを惜しまれたりするのが耐えられなかったんです。

自分の気持ちがめちゃくちゃ揺さぶられて辛いので。

「お前なんか辞めても何ともないわ」くらいの扱いをしてほしいと、本気で思っていました(笑)。

惜しまれると、「私だって辞めたくない。人を悲しませて、自分も悲しくて、私は一体何をしてるんやろう。」ってなりますから。

辞めることについて話すのもしんどかったし、たくさんの人からいただいた寄せ書きも、サッと流す程度にしか見られなくて、すぐに目につかないところにしまいこんでしまいました。

 

コロナが流行り出して、送別会が大々的にできないのも、しばらく会えないのも、私には都合がよかったんです。

 

そんな訳で、どんな人とも、「コロナが落ち着いたらご飯に行こう」と言って、この1年、連絡は取っていなかったんです。

年賀状でやりとりした人はいるけど、LINEのようなライブ感のあるやりとりは、辞めてから今回が初めて。

 

 

それが、辞めて1年経って久しぶりに連絡してきたと思ったら、

「私のいいとこ教えて」

っておかしすぎでしょ!(笑)

 

もう向こうは私のことなんて過去の人になってるだろうし、

こんな変な質問いきなりしたら、「あー転職して失敗して闇落ちしたんやな。」って思われるかも、と思ったり。 ←あながちまちがいではない笑

 

でももうやるしかない。

ぼやぼやしていると、すぐに次のカウンセリングの日になってしまう。

ということで、この間の土曜日に決行しました。

 

その日は出かける予定があったので、そのすきま時間に一斉に送ったんですね。

家で1人で送って、1人で返事を待つのは怖すぎるから(笑)。

 

 

「今カウンセリングを受けていて……」という説明はLINEでは長くなるし、かといって説明なしにいきなり「カウンセリング」というワードを出すのは、カタギの人には刺激が強すぎるので、 ←闇落ち確定されるのが怖いだけのみえっぱり笑。会ったときにちゃんと言います笑

「今新しい勉強を始めてて、その課題で、前の職場の人に聞かないといけなくて、久しぶりに連絡してきてトリッキーなお願いだけど協力してもらえませんか?」といったような文面で送りました。 ←あながちまちがいではない。でしょ?笑

上司3人と後輩5人。

 

次々一斉に送ったところ、ヤタさんの初回のカウンセリングのイメージワークに登場してもらった後輩が、1番に返事をくれました。

その後も、「協力しますよ!」とか、時には「確かにトリッキーやな」と言いながらも、みんな送ってくれました。

 

 

もう、感謝しかなくて。

 

「新しい勉強」といっても、たとえばFPの勉強でこんな課題出るわけないだろうし(笑)、絶対自己啓発系のあやしげなことやろうなと思われてるだろうけど、 ←あながちまちがいではない笑

それでもみんな、丁寧に、親切に答えてくれました。

 

 

みんな、こんな風に私に価値を見ていてくれたんだなあ。

泣く。

私は、すごく愛されてたし、私はあの中で一生懸命生きていたんだなあ。

 

それなのに、私はもう必要とされていない、認められていないなんて、なんて傲慢だったんだろう。

 

十分愛されてたし、

あのままの自分で、あそこで、やっていけたのかもしれない。

 

自分が仕事内容に興味が持てなくなっていたから、スキルアップのための研鑽もあまりできていなくて、そんなんではだめだという自分の思いを、周りに投影していたんだなあ。

 

きっとみんなからも必要とされていないと思って、閉じてしまっていたんだなあ。

 

こんなに私のことを見てくれている人がいたのに。

口にこそわざわざ出さないけれど、こんなに見てくれていたんだ。

いっぱい与えてもらってた。

私はみんなに、こんなにも与えられていたんだろうか。

 

泣きました。

 

 

ありがとう。

感謝。

感謝してもしきれません。

今すぐ飛んでいって、恩返しに行きたくなってしまう。

でもこれは、私が与えてきたものの循環でもあるんだ。

感謝して感謝して、ただ受け取ろう。

みんなが幸せでありますように。

 

この宿題は、1年前ではとてもできなかったです。

私のいないあの職場の話を聞くのも辛くて、みんなと話すのもさみしくて辛くて、「絶対誰も連絡してこないでー!」っていう気持ちだったので(笑)。

 

それが、こうして自分から連絡できるくらい、かなり前の職場に対する痛みは、癒されてきたんだなと思いました。

向こうの近況を聞ける状態にもなった。

 

 辞めてからずっと、さみしくて辛くて、連絡取るのも避けていたこと、少しずつ自分と向き合って進んでいること、向こうの近況などを、簡単にやり取りしたりしました。

 

 

象徴的なことが1つあって。

私が前職場の医療法人で、最初の10年間配属されていた病院が、去年新築移転したんですね。

もちろん数年前からその計画は進んでいたので知っていましたが、旧の病院の建物は、もう取り壊されて、更地になっているそうです。

 

何も更地にしなくても……

あー、私が10年過ごしたあの建物は、もうどこにもないんだな。

さみしいなあ。

でももう、お互いに新しいフェーズに入っているんだ。

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 そう、すごくみんなに感謝して、やっぱり大事で大好きな人たちだと再確認したのですが、

同時に、もう違う場所の人間なのかもしれないとも感じたんです。

 

私はこの1年、ただただ悩んでいるばかりだったと思っていたけれど、

私は私で、

カウンセリングの勉強もしてきたし、

自分とも向きってきたし、

ちゃんと進んでた。

そう感じたんですね。

昔の仲間と話したことで。

 

みんなはみんなで、ずっとあの職場でがんばっている。

だけど私は私で、この1年、ちゃんと積み上げてきてた。

ちゃんと進んでた。

そして、カウンセリングにまつわる共通言語で話せる仲間もいる。

その人たちが、今の私の仲間。

 

私の人生、詰んでなかった。

ちゃんと、積んでたんだ。

 

そう思えたんです。

 

 

私の道は、もうこっちなのかもしれない。

いい意味で、本当の意味で、今度こそ、あの職場を退職できるかもしれない。

 

そう思えました。

 

思えました。


思えたのに……

 

つづく(笑)

 

 


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