'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」悪くない人生のはずなのに、心から幸せと言いきれない、このままで終わりたくないと思ってしまう。そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

【ご相談】変わりたいのに変われない自分にうんざりしてくじけそう―完璧主義を緩めるのに、完璧主義を発揮していませんか?―

【ご相談】変わりたいのに変われない自分にうんざりしてくじけそう―完璧主義を緩めるのに、完璧主義を発揮していませんか?―

 

 

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

10月のカウンセリングご予約、受け付け中です。

ご縁あるあなたとお話しできることを楽しみにしております(^▽^)

www.aikoingk.com

 

 

このところ、ブログをいい感じに更新できていたのに、休みの日に気が緩んでしまいました(TT)

仕事のあるウィークデイの方が、時間はないんですけど、その分、何だか気合が入って、少しでも隙間時間を見つけて、案外有意義に過ごせたりするんですね。

時間があると、ちょっとごろごろ、のつもりが何時間にも及んで、大して必要性のない情報を目が痛くなるほどスマホで検索するという……いやもう中毒ですよね依存ですよねアディクションですよね(TT)

この土日にはいろいろやることやって勉強して、ココロノマルシェにも3つくらい答えるつもりだったのに(TT)

 

ということで、本日は オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェにいただいたご相談にお答えします。

元のご相談文は コチラ

 

オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェでは、根本裕幸お弟子さん制度を修了したカウンセラーが、無料で相談にお答えします。

どなたでも何度でも匿名でご相談いただけますので、お気軽にご利用ください(^▽^)

 

 

【ご相談】やりたいことに対して急ブレーキがかかる

田舎から上京して8年、うつ病適応障害とコロナ禍で実家に強制帰還となりました。

うつ病適応障害からくる無価値感と自己否定がひどく、とにかく心を休めているような状態です。

自分の感情に蓋をして生きてきたので、自分の内面を見つめ直すためにやりたいこと100リストや日記を書いたりしているのですが、どれも「誰かのため」だったりして自分がやりたいことがわからなくなってきています。

仕事でも基本的にイエスマンで出来ないことでも出来ると答えたり、人の期待に応えるためだけに働いていたみたいなので、自分の気持ちを伝えたり表現しても「他人の評価」が基準となってしまいました。

まずやりたいことリストを書くことから中々に難しい作業なのですが、書けたとしても実行する段階で

「別に自分がやらなくてもいいか…」

「自分には才能がないから…」

「他にすごい人がいっぱいいるしな…」

「自分がやらなくても誰かがやるだろう…」

など自己の無価値感からか、心からやりたいことのはずなのに急ブレーキがかかってしまいます。

何かを始めたくてもどうしても他人の評価ばかりが気になってしまいます。完璧主義的な気質もあり

「始めるからには出来る作品は妥協せず素晴らしいものでなくてはいけない」

という観念もなくなりません。

また

「誰かの役に立たなければ自分の価値がない」

という意識も強いです。

自分なりに頑張って作った作品も閲覧数の少なさや低評価が1つでもあるとモチベーションがなくなってしまい、結局どれも続かないことが多いのです。

自分軸で生きたいと思っていたのに、結局他人軸でしか物事を考えられないこの状況はどうしたらいいのでしょうか。

Tさん

 

 

【いなこからの回答】

Tさん、はじめまして。

いなこと申します。

このたびはココロノマルシェにご相談をお寄せくださり、ありがとうございます。

 

Tさん。やりたいことをやろうとしても、

>「別に自分がやらなくてもいいか…」

>「自分には才能がないから…」

>「他にすごい人がいっぱいいるしな…」

>「自分がやらなくても誰かがやるだろう…」

と急ブレーキがかかってしまうとのこと。

 

私もまったく同じことを思っていました!!!

狙い撃ちで私宛にメッセージくださったのかと思うくらい(笑)。

 

私も、何かやろうと思っても、そんなことを自分に言い聞かせながら、

自分が特別と思うなと自分を抑えたり、

先延ばしにしたり、

確実にできそうなことの中からしたいことを選んだり、

人気のなさそうなものを選んだり(人気の物は取り合いがしんどいし自信がないので)

やるとしても人知れずひっそりやったりしてきました。

 

で、どうなったかというと、このブログのタイトルにもしている、

「それなりにうまくいっている」状態になりました。

身近な人もいい人に恵まれているし、仕事もあって食べてはいけるし、人生、「それなり」にはうまくいっているけど、何か物足りない、どこかさびしい、このままで終わりたくない、心から「幸せ」とは言い切れない……

いつも、「いつか、何か」に期待して、

このままではいけないような、

「今、ここ」にはいないような感覚を持つようになっていました。

 

まあそれでも私は図々しいところもあるので、それなりにはやってきたわけですが、Tさんは、うつや適応障害になられ、ご実家に帰られたとのことですから、私よりもっとまじめで、人の期待に応えたいというがんばり屋のやさしい方なのだと思います。

 

 

そんなTさんですが、もう今の時点で、かなりご自分を見つめ直してこられたのだと思うんですね。

うつ病」、「適応障害」と診断名がついているということは、病院にかかられたのでしょうか。

病院での治療や、ご自分でされている「やりたいこと100リスト」や「日記」など、たくさん調べたり、自分を振り返るなどして、いろいろなことに取り組まれ、少しずつその成果が出ておられるんだと感じました。

 

というのも、すごく現在のご自分の状況をよくわかって、まとめておられるからです。

 

無価値感と自己否定がひどいこと、

お仕事でもイエスマンできたこと、

人の期待に応えるために働いてきたこと、

他人の評価が基準となっていること、

完璧主義な気質があること、

誰かの役に立たなければ自分の価値がないという意識があること。

 

これらのことに気づいておられますね。

 

この、「自分で気づく」ということがとてもとても大事なんです!

 

気づいていない間は、そこから抜けることも難しいからです。

 

だって、気づいていないときは、

いくら自分が人の期待に応えすぎていても、

他人の評価が基準になっていようとも、

「それが正しい」

「そうしなければいけない」

と、それをたった1つの真実として信じているわけですから(心のどこかで何かしんどさを感じているとしても)、変わろうとも思わない、変えようがないのです。

 

ですから、自分が他人軸であることには気づいたものの、

そこからなかなか変われない、

いつまでも進めないとお思いかもしれませんが、

Tさん、

確実に前進していますよ!

大丈夫です(^▽^)

 

 

だけどこの、

「自分がしんどい生き方をしてきたことに気づいたものの、なかなか変われない」

と感じている段階にいるときが、1番しんどいですよね。

わてもさんざん通って来てますがな

 

きっとTさんは、これまでの人生ずっと、

人の期待に応えよう、

評価されるためにがんばろうとされてきたのだと思います。

 

ということは、Tさんの人生において、

自分の心を休めて、自分軸で生きようとし出した時間より、

人の期待に完璧に応え、評価されようと頑張ってこられた時間の方が、はるかに長いのではないのでしょうか。

 

だとしたら、「他人軸に気づいたからハイ、やーめた!」

とすぐには変われなくて当然なんです。

なんせ、これまでの何十年、「これが正しい」、「こうあるべき」、とずっと信じて努力して守ってきた方針と、正反対の方向転換をしようとしているのですから。

 

会社が急に、

「このたび経営者が変わったので、今日から理念が変更になります。」

と言って、急にこれまでと正反対の理念を打ち出して来たら、

気持ちがついていかないでしょう?

今までの癖が出るし、しばらくしっくりこないと思います。

 

だからまずは、

人生の転換のきっかけとなるすばらしい気づきを得た。

本来の自分を生きるという点において、前進している。

でもすぐには変われなくて当然。

ということを認識しておいてください。

 

 

で、この、

「他人の期待に応えなければ」

「他人に評価されなければ」

「完璧にこなさなければ」

というのを、緩めていこうとされているわけですが、

これらの基本方針というのは、Tさんのやることなすことすべてに沁みついて、適用されているんですね。

 

ということは今、

他人の期待に応えるのをやめよう、

他人に評価されようとするのをやめよう、

完璧にこなそうとするのをやめよう、

自分軸で生きよう、

変わろう、

とすることにも、適用される。

 

すなわち、

完璧に、

他人の期待に応えるのをやめよう、

他人に評価されようとするのをやめよう、

完璧にこなそうとするのをやめよう、

自分軸で生きよう、

変わろう、

としてしまうということなんです。

 

そう、

完璧を緩めること自体にも、完璧を求めてしまいがち

ということなんです。

 

だから本当は少しずつ変化しているのだけど、

「生きづらさが完全になくならないと変わったとは言えない」とか、

「何か目に見えて現実が大きく変わらないと、変わったと認められない」とか、

「人から『変わったね』と明らかに言われるまでになってこそ」だとか、

そんな風に感じておられるところはないでしょうか。

わてもさんざん通ってきてますがな

 

ということで、

完璧主義を緩めていくということ自体にも、

完璧を求めず、自分の少しの変化でも認めてやる

というのをお勧めします。

 

これは、「完璧主義を緩めることに対する完璧主義を緩める」という、二重にいいトレーニングになります(笑)。

いや、要はやっぱり、Tさんすごくよくがんばられていますし、変わって来ておられますよということなんです。

 

 

とはいえ、なかなか成果が出ないこと(本当は少しずつ出ているのだけど、見えにくいし、少しずつなので自分ではわかりにくい)って、しんどいですよね。

一体いつになったら私は?と、うんざりしますよね。

わてもさんざん通ってきてますがな

 

だからこそ、

変わる過程もできるだけ楽しくした方がいいんです。

成果を意識的に見つけて、思いっきりほめてその気にしてやるんです。

 

もしかしたら、

そんな程度で自分をほめたら、甘やかすようでよくない、

こんなんで満足してはいけない、

と思われるかもしれませんが(やっぱ昔の名残でね・笑)、

ダイエットも、食事制限したり運動しているのに、なかなか成果が出ないといやになるでしょう?

 

でも、ちょっとずつ体重が減ったり、身体が軽くなったとかきれいになったという体感があったりすると、楽しくなってきて、「よーし、もっとがんばるぞ!」とモチベーションが上がると思うんです。

 

さらに、励まし上手、ほめ上手のトレーナーがいたりすると、効果倍増です。

少しの変化も見逃さず、

「Tさん、ウエストのラインがきれいになって来てますよ!

この調子でいきましょう!」

とか言って、

自分ではなかなかわからない変化を教えてくれて、

その気にさせてくれて、

ますます成果を出せるなら、

それっていいトレーナーでしょう?

 

自分が自分の、そういういいトレーナーになるんです。

くじけそうなダイエットだけど、ちょっとの変化も見逃さず、励まし、ほめて、その気にさせてあげる。

それはお世辞でも甘やかしでもなく、優秀なガイドです。

ちなみに、心のいいトレーナーは、僭越ながら、我々カウンセラーなどです。えへん。

「トレーナー」と言うと、トレーニング感出てちょっとしんどそうですけどね、ここは話の流れ上「トレーナー」で。

 

そんなつもりで、ご自分の変化をみてあげてくださいね。

 

そのために、今されている日記もすごく有効だと思います。

自分の変化やほめポイント、今日あったいいことなどを特に意識してつけられてみてください。

また、今の気持ちの整理にもなるのはもちろん、後々見返すと、「あら私、だいぶ考え方、感じ方が変わったわ」とさらに変化に気づきやすくもなりますヨ。

 

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で、

>心からやりたいことのはずなのに急ブレーキがかかってしまいます。

とのことなんですけれども、やりたいことって、どんなことをされましたか?

 

>自分なりに頑張って作った作品も閲覧数の少なさや低評価が1つでもあるとモチベーションがなくなってしまい

と書かれているので、何か創作活動をされているのでしょうか。

 

そう、この1文にも、Tさんがご自分でおっしゃっているように、

他人の評価が基準であり、

始めるからには素晴らしいものではいけない、

という観念が絡みついているんですね。

 

これまで感情に蓋をして、他人軸で行動してきたなら、すぐにはしたいこと、好きなことがわからなくてもおかしくないです。

 

「したいこと」というのは、

ただただ「すること」が目的であって、

それに生産性があるかとか、

役に立つかとか、

世間に評価されるかとかは関係ないんですね。

 

だからもし、Tさんのされている創作活動が、「ただただしたい」、「作品を誰かに見てもらいたい」ということが目的であれば、

創作した、

発表した、

ということで、目的達成、そこで楽しくなると思うんです。

創作して、発表した時点で満足なんです。

もちろん高評価がついた方がうれしいですけどね。

だけどそれは、あくまでおまけであって、作りたいから作る、それが楽しい、となるのが、したいことなんです。

 

創作活動をされている瞬間は、Tさんはどんな気持ちでしたか?

楽しかったですか?

ワクワクしていましたか?

熱中していましたか?

 

楽しさの感じ方もそれぞれなので一概にどう感じたら楽しいとは言えませんが、それをやっている瞬間のワクワク具合をじっくり感じてみてください。

やりたいと思ったことは、ぜひ片っ端から気軽に実際にやってみて、感じてみてください。

 

やってみて、本当にしたいかどうか、好きかどうかが初めてわかるということも大いにあります。

「やってみたら何か違ったわ〜」でもいいんです。

「違う」ということがわかったんだから。

Tさんのしたいことを、また1つ絞りこめたということです。

経験値も確実に増えてます。

 

だから、

>どれも「誰かのため」だったりして自分がやりたいことがわからなくなってきています。

というのもいいんですよ!

すごく有意義な経験です。

 

 

そして、Tさんの思い描く「したいこと」とは、もしかしたら、すごく大きなことなのではないでしょうか?

何かライフワークにつながるようなこととか、形になるもの、成果物になるものなど。

 

本当にしたいことかどうかもわかりにくい段階にいるときに、

いきなりライフワークにつながるような大きなことをするはハードルが高いかもしれません。

まずは、

好きなものを食べるとか、

好きなところにいくとか、

好きな雑貨を買うとか、

休みたいときに休むとか、

日常の、ちょっとした選択から、自分の「したい」、「好き」を基準に選んでいき、

その感覚を取り戻していくのがお勧めです。

 

ちょっとずつの積み重ねで、

「これが心からしたいことをしたときの感覚か〜」

「私ってこういうのが好きなのか〜」

とかいうのがわかってきます。

そこから、ライフワークというものが見えてきたりします。

 

なのでまずは、いろいろやってみて、どんな感じがするか、ただただじっくり味わってくださいね。

 

気軽にやってみることを許す。

それが実にならなくてもいい。

やってみること、感じること自体が目的。

というのがポイントです。

 

 

ということで、まとめますと、

〇Tさんは、他人軸から自分軸へのシフト途上にいて、ちゃんと変化している。

〇だけど急に完璧には変われなくて当然と念頭に置いておく。

〇だから完璧主義は緩めていくけれど、そこに完璧を求めない。

〇少しの変化に気づいて寄り添い励まし、その気にさせる、自分のいいトレーナーに自分がなる。

〇やりたいことは気軽にやり、ただ味わってみる経験を重ね、自分の「したい」、「好き」を取り戻していく。

というところをポイントに、ゆるゆる進められてはいかがでしょうか。

 

 

最後にもう1つ。

>自分の感情に蓋をして生きてきたので、自分の内面を見つめ直すためにやりたいこと100リストや日記を書いたりしているのですが、どれも「誰かのため」だったりして自分がやりたいことがわからなくなってきています。

と書いておられますよね。

 

Tさんが、

完璧主義になって、

他人の評価を気にして、

役に立とうとされてきたことの奥には、

必ずそこに、

誰かへの愛があったはずなんです。

 

誰かを助けたくて、

笑わせたくて、

幸せにしたくて、

やってきたことなんです。

 

自分を後回しにして、感情に蓋をしてまで。

 

これが、どれだけ愛情深いことか、おわかりでしょうか。

 

 

具体的に、誰へのどんな愛かということは、お話をうかがってみないとわからないのですが、誰かへの愛のもとに、よくがんばってきた自分を、よーくねぎらって、慈しんでくださいね。

ゆめゆめ、「どうして私はこんなに他人軸なんだ!」と、自分をお責めにならぬよう。

私は長らくそこも責めてましたね笑

 

 

ずっと応援しています(^▽^)

ありがとうございました!

 

やっぱりウィークデイの方が調子よろしゅおすなあ。

 

 

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【締切】10月のカウンセリング募集のおしらせ

【締切】10月のカウンセリング募集のおしらせ

 

 

「私の人生、’それなり’にはうまくいっているんだけど・・・このままで終わりたくない・・・!」

そんな思いを抱えていませんか?

 

 悪くない人生だと思うのに、どこか不完全燃焼感がある。 

過酷な過去や、大きなトラウマも特にないと思うのに、どこか生きづらい。

幸せ?と聞かれると、「まあ、それなりに」とニヒルな笑顔で答えるのが精一杯。

 

人生ってこんなもんなのかな。

大きな不自由のない毎日に満足できない私は、ぜいたくなのかな。

だけどこのまま、一生を終えるのはイヤ……!

 

そんな風な思いを抱えて、どこかモヤがかかったような毎日を過ごしていませんか?

というのも、私自身が、そんな思いを抱えていた1人です。

 

もちろん、そんな繰り返しのような毎日の中にも、

楽しく笑いころげるような日もあるし、

日々を大きな不自由なく過ごせるのはありがたいこととはわかっている。

今さら何か大きな挑戦をするのも怖い。

そうなんだけど、それでもこのままでは、

どこか自分の情熱を持て余しているような、

一度きりの人生を、このままで終えるのは、もったいないような焦燥感を抱えていました。

 

そして私は、アラフォーになった今、

社会に出る前に一度あきらめたカウンセラーの道へ

歩き出しました。

 

慣れ親しんだ職場や、管理職の立場を手放して、

この年で新しいことに挑戦するというのは、

怖がりで心配性で寂しがりの私には、

ものすごい勇気が必要で、

ものすごい葛藤も起こりました。

 

それでも、

1度きりの人生を、思いっきり生きたい。

情熱を注げるものがほしい。

自分という人間を、生ききりたい。

そんな思いを捨てきれず、

その思いを頼りに、

自分と向き合ってきました。

このブログでさらしていることすべてが、その私の道のりです。

 

その過程で、

私は、

「それなりに」うまくいかせるために、

自分を後回しにしてきたこと、

我慢や妥協を積み重ねていたこと、

他人軸だったこと、

だけど大切な人たちのためにがんばってきた自分の愛、

自分の中にあった魅力と情熱、

そして「それなり」の中にも心から感謝できることや幸せが、たくさんあったことにも気づきました。

 

まだ道半ばではありますが、

人生を、

能動的に

積極的に

自分軸で

自分を大事に

生きられるようになってきた実感はあります。

人生に圧倒されそうな気持から、

「心配しすぎずとも、善きときに、善くなるだろう」

という自分の人生への信頼も、少しずつ育ってきています。

そういう自分の変化を感じるのが楽しい(^^)

 

と、ここまでくる私の道のりは、思っていた以上に泥臭くなってしまったのですが(笑)、

人一倍、迷いながら、怖がりながら、葛藤しながらやってきた分、

同じ思いをされている方に、少しはお力添えできるんじゃないかと自負しています。

カウンセラーとしては、いい経験をしているなあと(笑)。

 

とはいえ、私と出会ってくださる方には、私ほどには葛藤せずに済んでいただきたい。

もちろん、それもいい経験だったんですけどね。

 

そして

どこにも書いていない

誰も教えてくれない

自分の人生の生き方を、1人で探るのは、時に不安です。

 

だから、 

 同じような思いを抱えている方に、

思いっきり自分を生きて、

幸せ?と聞かれたとき、心から「幸せ!」と笑顔で言いきれるようになるお手伝いをしたい。

 

私は、1人の方が、思いっきり自分を生きることができたら、

世界も勝手によくなる。

みんながそれぞれ自分を生きられたら、

それぞれの持ち場で、

その人にしかできないことをして、

それぞれが輝き、

補い合い、

世の中も自然によくなるんじゃないかなあなんていう風にも思っています。

  

「それなりなのに……」

「このままで終わりたくない」

というところに心が揺さぶられた方は、

ぜひお話しにお越しくださいね(^▽^)

 

 

 

【カウンセリング内容】

「カウンセリングやセミナーを受けて、

そのときはすごくスッキリして、前向きになれたのに、

しばらくするとまた気分が落ちてしまった……」

そんな経験はありませんか?

私はあります(笑)。

カウンセリングでは、自分を生きにくくしている「心のとらえグセ」にアプローチしたりしますが、長年続けてきたクセは、なかなか簡単に変わりにくいものです。

その奥にある、痛みが強ければ強いほど。

 

ですので、カウンセリング後、日常生活に戻ってからも、クセを整え続けることが非常に大事です。

でもこれが、一筋縄ではいってくれないんですね(^^;;

 

「あれー、カウンセリングで話しているときは、もう大丈夫だと思ったのになー。

もう一度、あの感覚を思い出したい……」

 

そんなときに、再びフォローできたらいいなという思いから、

クライアントさまのお好きなタイミングに、

フォローメールをさせていただくようにしています。

 

流れとしては、

カウンセリングセッション後、1か月間の間に、

お好きなタイミングでクライアントさまから、いなこにメールを送っていただきます。

タイミングは、自由です。

「変化について聞いてほしい」

「なんだかまた気持ちが下がってきてしまった」

「カウンセリングのときに決意したことが揺らぎそう」

「新たな疑問が湧いてきた」

「出された宿題を実施した結果を聞いてほしい」など、

聞いてほしい、質問したいタイミングで、その内容をメールでお送りください。

メール受信後3日以内にお返事いたします。

1往復で終了となります。

 

私自身が継続カウンセリングを受けてみて、

何度も揺れる心のうちを、

継続的に、段階的に見つめ直せるのがとてもいいなと感じました。

自分の変化も感じられますし、

その変化について聞いてもらい、

自分の現在地の確認ができ、

具体的なアドバイスももらえます。

結果的に、たいへん効率よく、効果も高いと感じました。

 

ということで、継続カウンセリングは自信を持っておすすめできます!

ですが、

単発のカウンセリングでも、

継続カウンセリングのような効果やメリットをみっちり感じていただくことはできないか?

と考え、このような形にしました。

私自身が、カウンセリングに来てくださった方のその後のご様子を知りたいという気持ちも大いにあります。

 

「頭も心もまとまっていなくて、すぐにうまく話せないかもしれない」

「この悩みはすぐに解決できる気がしない」

という方も、ぜひお気軽にご利用ください(^^)

 

 

  【カウンセリングメニュー】オンライン

 

 単発セッション 

  120分  28,000円 

    90分     23,000円 

   60分   18,000円 

 

  3回継続コース

  90× 3回  60,000  

 

 ≪6回継続コース≫

  90分×6回  110,000円

 

  ※30分延長   9,000円  

 

≪リピート割引≫

1度でもいなこのカウンセリングを受けてくださった方には、

感謝をこめて、お得意さま特典として、

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で提供させていただきます。

 

 

【日程】

10月  2日(土) 10:00〜 / 13:00〜

10月  3日(日) 10:00〜 / 13:00〜

10月16日(土) 10:00〜

10月17日(日) 10:00〜 / 13:00〜

10月23日(土) 13:00〜

10月24日(日) 10:00〜

 

 

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相性をみるためのお試しや、とりあえずざっくり聞いてほしい、一度受けたのだけど、あと少しフォローがほしいといった際などに、ご利用いただければと思います。

 

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継続の場合、初回のみ申し込みフォームから希望日程にご予約いただきます。

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初めての方で、単発か継続コースをお迷いの方は、いなことの相性をみていただくために、まずは単発を受けてみていただくことをお勧めします。

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○対象年齢は、原則20歳以上の方とさせていただきます。

18歳以上の方は、保護者方の同意書をいただけましたらお受けできます。ご相談ください。

○無断キャンセルされた場合は、今後のご予約をお断りさせていただくことがございます。ご了承くださいませ。 

 

 

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Zoomにて、顔を出したくない方は、映像をオフにできます。初期設定はオフです。

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【お申し込みの流れ】

1.募集記事の申し込みフォームから、必要事項にご記入いただき、送信。

2.自動返信メールが届きます。

3.仮予約のお知らせと、入金方法についてのメールが3日以内に届きます。

4.ご入金が確認でき次第、Zoomアドレスの入ったメールを、3日以内にお送りいたします。

そこでご予約完了となります。

当日を楽しみにお待ちくださいませ。

※いずれのメールについても、3日経っても届かない場合は、システム上のエラーと思われます。

お手数おかけして恐縮ですが、自動返信メールのアドレスまでご連絡くださいませ。

 

 

【これまでにいただいたご感想】

○自分の中で「なぜ私はそういう行動をとるのか?」の謎が解けたのが、か・な・り、衝撃でした・・・。

 

○初めてのカウンセリングで緊張していたんですが、いなこさんの柔らかい笑顔ですぐに緊張が解けました。今日初めてお話させて頂いた気がしなかったです。

ずっと前から知り合いの頼れるねえさん的な親しみを持って話をさせて頂きました♪

 

○いなこさんに気付いてもらい、そりゃ苦しいし今までよく頑張ってきたよく耐えてきたと言ってもらった瞬間…腑に落ち、雷に打たれたような衝撃を受け、分かってくれたと言葉で言い表せない気持ちになりました。 やっぱり自分のことってどうしても主観の域を出ず、思い込みが蓋をし、わからないもんだなぁと改めて思うと同時に、カウンセリングの醍醐味を感じました。

 

○欠点だと思っていたことが実は自分の基準が高いだけで欠点ではないと言われて、泣けてきました。どうやら泣くくらい気にしてて大事なことだったんだな〜と気付くことができました。

 

○ぐるぐると頭で考えて答えが出なかったこと(なぜ、人のことをずっと考えてしまうのか?)が分かり、心にずっとつかえていたものがとれて安心しました。

お話の後、教えていただいた自分を労る言葉をかけてみたら涙があふれました。

それだけ無理をして溜め込んでいたことにも気づきました。 また、ずっと自分にとても厳しくしてきたことに気づき、それが要因で自分らしく過ごせないことにがわかりました。

 

○私の「きっとうまくいかない」という思考回路について、いなこさんに「具体的にどうしてそう思うのか」を問われ続けたことによって、「あれ、実は何も起きてない」ということに気づき、「すべて妄想の世界で起きていること」といなこさんに言われて目が覚める感じがありました。

 

詳しいご感想はこちら

 

 

あなたと ご縁のあることを、楽しみにしております(^▽^)

 

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肚をくくることさえできたら楽になる。

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'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに
こんにちは、カウンセラーいなこです

 

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明日 9月30日(木) 20:00〜

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先日アップしたこちらのご相談の回答

【ご相談】心理学の本を読んで、自分には問題があると知りショックです。ー問題の大きさは、かならずしも問題そのものに起因するのではなくー

ちょっと小難しかったかなと心配していたら、ご感想をさっそく送ってくださった方がいました!

ありがとうございます(TT)(TT)(TT)

そんな風にフィードバックいただけると、元気100倍、すごくすごくすごく励みになります!!!

今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m

 


さて、今日は、車を運転しない方には、

あまりピンとこないかもしれない例え話をしますが、まあそうおっしゃらずに少しお付き合いください。

 

 

複数の車線がある道路を走っていて、

自分の走っている車線がすごく混んでいて、

流れが悪い一方で、

他の車線がスイスイ進んでいたので、

そっちの道に車線変更したとします。

ところが、車線変更したものの、

今度はその車線の流れが悪くなって、

さっき自分が走っていた車線の方が流れ出して、

さっきまで自分の後ろにいた車たちが、

スイスイ自分の車を追い越していったら、

「あー、やっぱりあっちにしとけばよかった。」

と思いますよね?

だけど、

ここで自分が右折するという交差点に来たときは、

自分が入った右折レーンがどんなに混んでいても、

あっちの車線にしておけばよかったとは思わないですよね。

だって自分は右折するんだから。

 

どんなに混んでいようが、

直進車線の車がスイスイ追い越して行こうが、

この右折レーンに並んで待つ。

他の車線のことは気にする必要もないわけです。

他の車と、私の車の向かうところは違うのだから。


肚を括るってこういうことかなと、ふと思いました。

どんな道であれ、自分のゆく道は他でもないこの道だから。

この道をゆくと決めたら、

たとえ混んでいようとも、

流れが悪くても、

この道をゆく。

 

他の車が追い越して行っても気にならない。

他の車線がスイスイ進んでいたとしても、

自分が行くのは、他でもない、この車線だから。



決めることさえできたらもう、

決めた道が混んでいようと、

流れが悪かろうと、

あー、やっぱりあっちの方が……とフラフラしないで済むわけです。

腰を据えて穏やかな気持ちで、自分の道を見つめられるわけです。

それって、気もそぞろにあちこちフラフラするより、

よっぽど楽で、

集中できて、

安全で、

心地いいよなあ。

腹を括るまでは、括ってしまうことが怖いのだけど、

いざ括ってしまえば逆に、楽になるのかもしれません。

 

 

f:id:inainaco:20210926173218j:plain

 

せっかちなオオサカン・ドライバーにしか共感を得ない例え話かしらん。

いや私は何よりまず安全第一ですよ。

 

 

 

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先の見えない毎日を生きているあなたへ。

先の見えない毎日を生きているあなたへ。

 

 

月末業務がだいぶ進んだおかげで、気持ちが明るいです。

’それなりに’うまくいっている→を→’おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

全国の月末忙しい系のみなさん、今日もおつかれさまです。

もちょっとふんばりましょう(∩´∀`)∩

 

 

さて、私が自分の本当にしたいことを求めて怖がりながら転職をして、1年と4ヶ月ほど経ちました。

え?まだ1年と4ヶ月?

そんなもん?

っていう感じがします。

来る日も来る日も苦しんでいたので(笑)、すごく長いかった気がするから。

 

1年という時間が経つこと自体は早く感じるのだけど、苦しんだ日々を思うと、すごく長かったように感じるんですよね。

まあ、転職を考え始めたときから悩み、決めてからも悩み、転職してからも悩みと来たもんだから、合計すると、トータル3年くらいは苦しんでますからね。

引きずり女でございます〜

 

と、すっかり過去のことのように言っているけれど、じゃあもう今はまったく苦しんでいないかというと、そうでもありません(笑)。

どんだけ〜

今も、毎日前の職場のことは思い出してる。

病気〜w

職場が変わったとはいえ、職種は一緒なので、比べてしまいやすいんですよね。

業務内容は一緒なので。

(あ、やりたいことを副業で心おきなくできるように、同じ職種ですが副業OKのところに移りました)

 

いろいろと感じることは今でもあるし、後悔のような気持ちもなくはないのだけれど、だいぶその質は変わりました。

 

転職を決めた頃は、足元からゾーっと冷たい風が吹きすさぶような恐怖と孤独を感じ、

実際に転職してからは、何でこんな無謀なことをしてしまったんだと後悔して自分を責め、夢であってほしいと現実逃避していたのが、

今は、前の職場を恋しく思うこともありながらも、それでもここまで来たということは、何かしら私に必要なことだったんだろうと心から思えるようにまでなりました。

まだ完全には、「これでよかった」とは言い切れないんですけどね。

 

単に今の職場や状況に慣れただけかも(笑)、とも思うけど、いやいや、カウンセリングも本腰を入れて受けてきて、苦しみも気づきもたくさん経て、私、地味に、でも確実に変わってきたよなとも思います。

何かに成功するために転職をした、というのではなく、こうやって、自分で決めて、自分のしたことに責任と自信を持てる、本当の意味での大人になるために、この転職があったのかもしれないとも思えてきています。

 

 

カウンセラーへの道も、当初は、

「とにかくカウンセラー1本で食べていけるようにならなきゃ、前の恵まれていた職場を辞めた意味がない!」

と、背水の陣でカウンセラーを目指そうとしていたから苦しかったけれど、

今は、とりあえず食べていける仕事があって、その上でやりたいことに取り組めるなんて、私は結構幸せなのかもしれない、と思えることもあります。

不安になる日も、今もあるのですけどね。

でももう、先のことを考えても仕方ないから、今できることをやろうと、ある程度落ち着いた気持ちでいられています。

 

 

とまあ、それはそれは濃ゆい激動の3年を過ごしました。

 

この3年濃すぎ〜!

 

 

もしもね、

芸能人でも文化人でもスポーツ選手でも何でもいいのだけど、

成功した有名人が、

そうさねえ、、

徹子の部屋にでも出て、

「3年は食えない時代が続いて、あの頃はしんどかったですねえ。」

とでも言ったら、それを見たあなたはどう感じますか?

 

3年間、しんどかっただろうなあ。

すごく苦しかっただろうなあ、不安だっただろうなあ。

と、その大変さに思いを馳せるでしょうか?

 

あんまりそうは思わないんじゃないかと思うんです。

今、成功しているその人を見ているから、

「3年の辛抱で、これだけ大成功できたらいいよなあ。

3年分のリターン、大きいよなあ。

3年なんて、あっという間だしなあ。」

という感想を持つ人の方が、多いのではないでしょうか。

 

でもそれは、成功した今だから、短く感じられるんですよね。

 

リアルタイムで「食えない時代」を過ごしているときは、

そんな成功が確約された未来は知らないわけだから、

先の見えない3年って、すごくしんどいと思います。

 

もちろん中には、

「自分は必ず成功する」

と自信を持ってやっていた人もいるでしょうが、

それでも思い通りにはいかないことも時には起こるでしょうし、

くじけて、すべてが嫌になって、自信も粉々に砕かれて、

「もう辞めようかな」

「自分には才能なんてないのかも」

「そろそろ見切りをつけるべきかもしれない」

と迷ったこともあると思うんです。

 

結果的に、3年で「食えない時代」が終わっただけで、

その渦中にいるときは、3年で終わるなんて保証はないのだから。

 

先の見えない時間は、とてつもなく長く感じるものです。

 

f:id:inainaco:20210926173430j:plain



結果が出てからの過去の苦労は、過小評価しがちだし、

人の苦労っていうのも、過小評価しがちです。

人をうらやんでいるときは、うらやましいところにばかり目が行って、苦労部分の話を右から左に受け流しがちだから。

 

だから、

自分だけがしんどく、

いつまでも報われないように思えるけど、

案外そうではないんですよね。

それぞれの人生に、必ず、冬もあれば春もある。

みんなが、いろんな季節を、人知れず懸命に生きている。

そういう意味では、みんな一緒で、誰も孤独ではないんです。

 

 

先の見えない毎日を生きているあなたへ。

しんどいですよね。

でも、必ず季節は巡ります。

あなたの今の苦労も、他の人が過小評価するくらいに、あなたが笑える日も必ず来ます。

巡る季節を生きているという意味では、みんな一緒で、1人ではないんですよ。

転職であほみたいに苦しんで生還した私が言うんだからまちがいないです。(笑)

 

 

10月のカウンセリングは、

9月30日(木) 20:00〜

受け付けいたします!

縁あるあなたとお話しできることを楽しみにしております(^▽^)

 

www.aikoingk.com

 

 

 

 

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【ご相談】心理学の本を読んで、自分には問題があると知りショックです。ー問題の大きさは、かならずしも問題そのものに起因するのではなくー

【ご相談】心理学の本を読んで、自分には問題があると知りショックです。ー問題の大きさは、かならずしも問題そのものに起因するのではなくー

 

 

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少し雨は降ったものの、涼しくおだやかなお天気のお休みが終わり、バタバタの月末業務ウィークに突入です(TT

ブログどれだけ更新できるかな。

みなさま今週もぼちぼちやりましょう。

 

さて、新しい知識、特に心理学や自己啓発系の知識を得ると、「あれ、これは私のことではないか?私にはこういう問題がある!」と、自分の中のある部分を「問題」と認識して、新しい悩みが生まれてしまうことがあります。

だけど、これまで問題と感じていなかったのなら、それは問題ではなかったことです。

何をどんな風にとらえるか、そこに問題のカギがあります。

 

ということで、本日は オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェにいただいたご相談にお答えします。

元のご相談文はこちら

 

オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェでは、根本裕幸お弟子さん制度を修了したカウンセラーが、無料で相談にお答えします。

どなたでも何度でも匿名でご相談いただけますので、お気軽にご利用ください(^▽^)

 

 

【ご相談】体は大人こころは子ども?

私はいい年になっても落ち着きがなかったり、おしゃべりで話がすぐ飛ぶし、またすごく飽きっぽいです。
自分ではADHDだと思ってました。

先日友人の家に遊び行って、友人が用事を済ましてる間手持ち無沙汰で本棚にあった心理学系の本を借りて読んでました。
その中に「発達心理学なんたら〜」というのがあって読んでみたら、タイトル通りの自分への疑問が湧きモヤモヤしてこちらへの投稿に至りました…。

その本には、人には年代ごとの「発達課題」というのがあって、それを乗り越えないと、いつまでもその年齢に止まって生きづらくなる、とありました。

で、私のADHD的性格は、小学生か思春期の精神年齢と当てはまってて「マジか…」となりました。
また、そこに書いてある「そういう大人が社会でぶち当たる壁」という壁という壁に私はすべてキレイに顔面から突撃していました。

そして今はその壁に四方を取り囲まれたウォールマリア状態(進撃の巨人)じゃん…となりました。

くわえ、どうしてそうなるのか?という理由の「家庭の事情で反抗期を十分にやってない、またはほぼやってない」が決定打でした。

友人にそのショックは伏せて何でもないような顔で「こ、この本面白いね!」と言ったら、友人は保育士をしていたのですが、そういう短大とかで習うわりとメジャーな心理学らしく、あとでググったら「エリクソン」という「アイデンティティ」という言葉を作った人の心理学で教育現場では常識らしかったです。

友人の目に私はどう見えてんだろ…と挿れて貰ったコーヒーがエスプレッソのように苦く感じました。
そう言えばこういう母性強い人しかまともに私の相手ってしてくれてないかも、とも思いました。

「野良猫男子」と言う名の永遠の少年などにお詳しい皆様にこのショックを言ってしまいたくなり、失礼しました(私も野良猫属性です)

鴨川コナンさん

 

 

【いなこからの回答】

鴨川コナンさん、はじめまして。いなこと申します。

このたびは、ココロノマルシェにご相談をお寄せくださりありがとうございます。

 

鴨川コナンさん、とてもおもしろい文章に、思わず笑ってしまいました。

>「そういう大人が社会でぶち当たる壁」という壁という壁に私はすべてキレイに顔面から突撃していました。

とか、

>友人にそのショックは伏せて何でもないような顔で「こ、この本面白いね!」と言ったら、

とか、

>友人の目に私はどう見えてんだろ…と挿れて貰ったコーヒーがエスプレッソのように苦く感じました。
とか。

ウィットに富んだ文章から、鴨川コナンさんのご様子が、臨場感を伴って伝わってきました。

ていうかまず、鴨川コナンというお名前が最高(笑)。

私は平ちゃん派です!

ここ最近で読んだ文章の中で1番笑ったかも。

ほめてます!最高ランクのほめことばです!

 

 

さて、心理学系の本を読まれて新たな知識を得たところ、自分に問題があるのではないかとショックを受けられたとのこと。

ありますよねえ。

 

私は学生時代、心理学を専攻し、その後医療系の仕事に就いたので、鴨川さんのご友人と同じく、エリクソンとかは一応聞いたことはあるのですが(一応聞いたことあるレベルかい)、そんな話はすっ飛ばして、私が思うところをお伝えしますね。

鴨川さんが、少しでも心穏やかに楽しく過ごせる足しになればうれしいです。

 

 

唐突ですが、吃音(話すときにどもる症状)の問題の大きさの考え方に、ウェンデル・ジョンソンという人の、立方体のモデルがあります。

こんなものです。

f:id:inainaco:20210927090645j:plain

急いで書いたから、細部が汚くて(^^;

雰囲気だけ見てください(^^;

 

 

いきなり吃音とかジョンソンとか何の話?わけわからん、と思いますよね。

吃音とかジョンソンとかは、気にせず流してください。一応出典を言っておいただけなので。

 

ただ私は、このモデルが、他の問題にも応用できると思うので、今日はこれを使ってお話させてください。

「なんかややこしそう」と、ここで読むのをやめられちゃいそうですね(^^;;

どうかもすこしだけお付き合いをば〜

 

 

吃音はおいといて、このモデルをもとに、「問題」というものを考えてみると、

 

問題の大きさ(立方体の大きさ)は、

 

x(症状(問題そのもの))× y(周囲の反応)× z(xやyに対する本人の反応)

というように、この3つを掛け合わせたもので決まります。

 

何か「問題」があると、私たちは、その「問題」そのものを何とかしないと苦しみは解決されないと思い、それを変えることに必死になりがちですが、

問題そのものを変えられなくても、

y(周囲の反応)や

z(xやyに対する本人の反応)が小さければ、

掛け合わせて算出される問題の大きさ(立方体の大きさ)は、いくらでも小さくできるということなんです。

 

 

この、「問題(x)」というのは何でもいいのですが、たとえば、

パートナーがいない

結婚していない

子どもがいない

浮気された

離婚した

家族関係が悪い

勉強ができない

学校に行けない

仕事ができない

仕事に行けない

家事ができない

お金がない

夢がない

容姿が悪い

性格が変

などなどだとして、

 

そうだとしても、

y(周囲の反応)が、

「ふーん。だから何なの?」

と大して気にしていなかったり、

「たしかに変わった人だけど、おもしろくて私は好き」

「そういう人だから仕方ないね」

と受け入れれていたり、

 

z(xやyに対する本人の反応)が、

「私はこうですけど、何か?」

と受け入れて問題を感じていなければ、

 

問題の大きさは、限りなく小さくできるということなんです。

 

 

極端な話、問題そのもの(x)の値が100億(←子どもか)くらい大きなものでも、

y(周囲の反応)や

z(xやyに対する本人の反応)がゼロなら、

掛け合わせるとゼロになる、

すなわち、問題はなくなるということなんです。

 

x(症状(問題そのもの)) ×   y(周囲の反応)× z(xやyに対する本人の反応)

=100億 × 0 × 0

=0

 

 

最近は、テレビ番組でも、「アウトデラックス」とか、「しくじり先生」とか、「有吉反省会」とか、

ダメすぎるところを笑いや学びや個性にし、かえってそれを武器にしようという向きもありますね。

 

ああいうのはまさしく、

x(問題そのもの)は大きいけれど、

y(周囲の反応)や

z(xやyに対する本人の反応)を変えることで、

問題を反転させ、武器(魅力)にしたというものだと思います。

 

f:id:inainaco:20200502154256j:plain

 

 

今回、鴨川さんは、心理学の本を読んで、

「発達課題をちゃんとクリアできていないと、その段階で成長が止まってしまう(のか?)」

という新たな知識を得られました。

 

で、もともと自分が落ち着きがないようには感じていたけれど、

今、新たな知識を得て、

「私には重大な問題があるのではないか!?」と、

z(xやyに対する本人の反応)の値が、一時的にカーンと上がってしまった状態なんですね。

 

問題というか、状況(x)自体は、以前と何も変わっていないのですが。

 

 

鴨川さんの発達に問題があるかはわかりませんが、

お寄せいただいた文章を拝読しただけでも、

鴨川さんに魅力がたくさんあることはわかります。

文章だけで笑わせられる文才と、

ユーモアと、

サービス精神。

そして、母性豊かなお友達に、コーヒーをいれてもらえるくらい慕われている。

 

今、新たな知識を得て、一時的に、自分の「ない」にばかり目が向いてしまっていますが、これまで、その知識がなくても、ここまで生きてこられたという「ある」にいま一度、目を向けられるといいのかなあと思ったのです。

 

母性豊かなお友達がそばにいてくれていますしね。(y周囲の反応)

 

お伝えしたいのは、

世間で言われる問題のタイトルや、診断名や、「◯◯障害」といったラベルにこだわりすぎずに、これまで生活できてきたという事実の方を信じるということ。

 

もし、社会生活に支障をきたしてしんどい、日常生活が大変だということであれば、医療機関など然るべきところに相談してみるのも1つですが、そうでないなら、あまり診断名や、「◯◯障害」にあてはまるかどうかに、こだわりすぎないでいいと思うのです。

 

そして大事なことは、

エリクソンの理論も、診断名をつけることも、

誰かに「問題あり」のレッテルを貼ることが目的ではなく、

もしそこに不具合があるなら、どうやっていけばその人は生きやすくなるかを探るためのものです。

だから、せっかく得た知識を使って、「私に問題があるのかも」というところで止まらずに、

もしあったとしたら、どうしたら私はより楽しく生活できるかな、というところまでぜひつっこんでみてください(^^)

 

 

ちなみに、この、z(xやyに対する本人の反応)に、主にアプローチするのがカウンセリングだと私は思っています。

 

「一見、問題に見えるけれど、それをひっくり返せば、こういう魅力があるよね」

「あの人のあの態度は、実はこういうことだったんじゃない?」

という発見をして、zの値を小さくしてしくのです。

問題と思っていたものの見方が変わると、問題の大きさは小さくなっていきます。

 

「ショックを言ってしまいたくなった」というご相談でしたし、

「反抗期を十分にやっていなかった」とのことですが、具体的な内容はお聞きしていないので、

その辺りのお話は今回は置いておきますが、

その辺りを本格的に紐解いて、z(xやyに対する本人の反応)をいい感じにいじりたいということであれば、カウンセリングのご利用をおすすめします(^^)

 

 

ずっと応援しています(^▽^)

ご相談ありがとうございました!

 

 

何だかこむずかしかったかしらん( ;;)

でもはりきって図も書いちゃったので、公開しました。

わかったとか読みづれーよとかご意見ご感想あればぜひお寄せ下さいませ。

 

 

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それゆけ長女

それゆけ長女

 

 

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

今日は久しぶりに絵を描きました。

ブログに挿絵として載せている絵が、最近ループループになって新鮮味ないのが気になっていたのですが、新しく描くにもなかなか時間がなくて。

やっといくつか新しいのを追加できました。

 

ブログに絵に、他にもいろいろしたいことはあるのになー。

もっと時間が欲しい。

 

 

さて先日、カウンセリングに来てくださった方を振り返ってみると、見事に長女の方が多いことに気づきました。

 

何を隠そう、私も長女です。

 

妹がどうの、といったことをブログに書くこともありますが、だからって、長女だからどうといった話をメインに書いているつもりはありません。

 

長女専門のカウンセラーをうたっている訳でもないし、ご相談くださる方も、長女だからどう、というご相談がメインではないのですが、とにかく何だか長女の方と、ご縁があるんですよね。

 

 

私は、カウンセラーとは別で、医療の仕事をしているのですが、担当させていただいている方には、お子さんもいます。

そのお子さんたちも、

女の子で、

しかもお姉ちゃんばかり、

ということに先日気づきました。

 

「お姉ちゃんばかり」と言っても、正確に言うと、中間子の子もいるのですが、中間子のお2人は2人とも、上のきょうだいと6つ以上離れていて、でも下には年の近い妹さんがいて、

その子の「お姉ちゃん色」が濃くなるきょうだい構成なんです。

ちなみにみんな、妹持ちです。

 

他にも、一人っ子だった女の子に、このたびお母さんがご懐妊で、お姉ちゃんになることになった子がいたり。

 

とにかく、「お姉ちゃん」とのご縁が多いんです。

 

 

で、そのきょうだい関係を見ていると、

ああ、こうして長女はハートブレイクを経験するのか

と感じることがあるんですね。

 

妹さんがセラピーに同席されることもあるのですが、そうすると、先生(私のことです)の取り合いになったりするんですよね。

 

「取り合い」といっても、妹さんの方が優勢になることが多い。

私の担当しているお姉ちゃんたちは、医療にかかるということなので、何らかの疾患や障がいがあったり、発達がゆっくりだったりするんですね。

それゆえに、妹さんの発達が追いついてきているため妹さんに押され気味、というのもあるのですが、

とはいえ妹さんはお姉ちゃんより幼いので、無邪気で遠慮がなく、欲しいものに積極的というのもあります。

 

お姉ちゃんの時間なのに、私の膝に乗ってきたり、自分のしたことことを「見て!見て!」と主張してきたり。

まあ、私はどちらもかわいいから楽しい時間ではあるのですが(笑)。

先生モテモテ〜w

 

妹さんに罪はないのですが、それではお姉ちゃんの方は、妹に押され気味でプライドが傷ついていたり、幼い妹に注意しても通じないという諦めが見えたりするので、どちらも傷つけないように、うまくフォローしながら進めるようにしています。

 

 

また、お母さんがご懐妊された女の子は、

今まで一人っ子で、自分が家族のアイドルだったのに、

お母さんがつわりでしんどかったり、抱っこしてもらえなかったりするようになってきました。

 

その様子を見ていると、

ああ、彼女は訳もわからず、

今までしてもらっていたことがしてもらえなくなって、

突然ナンバーワンの座から引きずり降ろされるハートブレイクを

これから経験するのかもしれない。

と思ったり。

 

 

とにかく、

こうして長女は、我慢強くなったり、人に譲るようになっていくのかもしれないな。

自分も、覚えていないけれど、妹が産まれたときは、多少なりともこうしてハートブレイクを経験したのかもしれない。

でもこうして第三者として客観的に見ていると、お姉ちゃんも妹も、親御さんも、それぞれが一生懸命で、誰も悪くないということがよくわかるので、私は、彼女たちと関わることでまた追体験させてもらい、自分を癒していくのかもしれない。

そんな風に思ったりもします。

 

 

長女の辛いところは、

自分も子どもなのに、

もっと子どもな人間が下にいるから、

無意識にバランスを取ろうとして、

早々大人になろうとしてしまうところ。

下には言ってもわからない、

仕方ないから、

自分で何とかするしかないと1人で抱え込むところ。

 

 

私が小学校5、6年生のとき、妹とお風呂に入っていたのですが、裸の私の下を見て、

「あ、何か毛生えてる!」

といったことがあったんですね(笑)。

少し生え始めていた頃だったんだと思います。

何情報よw

 

妹は4つ下だったので、当時小学1、2年生。

生え始めにそんなこと指摘されたくないという繊細な乙女心なんて、わからない年だから仕方がないけれど、

でも、生えていない人にそんなこと言われたくなかったという恥ずかしさ、

でもでもやっぱりそれを妹に言ってもわからないし、

説明するのも恥ずかしいので、

どこにも持って行けない気持ちを抱えていた気がします。

親にも言うのも恥ずかしかったから。

 

大人になってみれば、ほんとに大したことない話なのですが(笑)、

「私はこんなに気を揉んでいるのに、

妹は何も知らずに無邪気でいいよな。」

と思ったことは少なからずあった気がします。

そういう第二次性徴とか、受験とか何もかも、自分がいつも初めてで、デリケートなシチュエーションも、何かと実験台になる。

他にも、妹が先に泣き出すから、自分だって泣きたいときでも泣けない。

自分も不安だけど、妹が不安がるから気丈に振る舞わないといけない。

とかね。

 

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けっして長女だけが辛い、と思っている訳ではないのですよ。

いいこともたくさんあったと思います。

一人っ子時代を味わわせてもらったし、初めての子で、みんなに注目され、大事にされてきたと思います。

妹のことも家来としていっぱいこき使ったし、何だかんだ自分も子どもだったから、カッとなってたたいたこともあります。

妹には妹の辛さがあるだろうし、私も姉として反省していることが多々あります。

 

まあ、みんな立場それぞれでいろいろとアレということですよね。

何?

 

 

ただ、長女はそうして、

年長者、

リーダーポジションであることに慣れているから、

弱みをいつまでたっても見せられずに、

こじらせてしまう気がするんですよね。

 

でも、さっさと弱みを見せてしまった方が、人生はサクサク進むように思うから、

その、

「私何でもできます、別に大丈夫です」ポジション

からは、さっさと降りた方が得だな〜と思ったりするのです。

私、降りられてるかな?

だいぶ降りたと思うんだけど。

どうだろう。

笑。

 

 

それゆけ長女!

同士である長女のみなさんを、今日もいなこは応援しています\(^o^)/

でも、妹さんは妹さんで、好きなんですよ。

それはそれでかわいいなあと思ったり、凸と凹で相性がよかったりするから。

まあ、みんな立場それぞれでいろいろとアレということですよね。

何?

 

 

10月のカウンセリングは、

9月30日(木) 20:00〜

受け付けいたします!

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自分のなかなか変わらない困った思考グセを変えるには。親の口グセを振り返ってみる。

自分のなかなか変わらない困った思考グセを変えるには。親の口グセを振り返ってみる。

 

 

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

今日の夜は外食でした。

お店が早めに閉まるので、5時過ぎに入って。

早めに外食を済ますのもいいですね。

夜の時間をゆっくり過ごせる。

幸せだー。

 

カウンセリングご予約、受付中です\(^o^)/

9月 カウンセリングのご案内

 

さて、昨日は、身近な人や自分が何か失敗したとき、

「もっとこうしたらよかったのに」

とつい言ってしまいそうになるというお話を書きました。

 

元は、妹との会話で気づいたことだったんですが、人に対してだけでなく、何か自分が失敗したと思ったときも、「もっとこうしたらよかった」と、自分を責めがちなクセがあるなと思ったんですよね。

 

で、この思考グセは、どこから来ているんだろうと考えると、父がそういう声かけをすることが多かった気がしたんです。

 

何か失敗したとき、といっても、受験だとか就職だとか、そういう重大なことでは、さすがにそんなことは言わないのですが、日常のささいなこと、たとえば、テーブルの上の物をひっくり返してしまったとか、何か物を失くしたとか、そういう日常のうっかりをしたとき、

 

「あー何をしてんねん!そんなとこ置いとくからや!」

 

みたいなことをよく言われた気がします。

 

父はまったく完璧な人間ではないし、せっかちで、いろんなところに頭や足の小指ををぶつけたりして、それこそ、「何してんの」と女3人(母と妹と私)に言われることも多かったのですが、清潔、戸締り・火の元管理などの防犯防災、車の運転などの安全管理、物の管理、時間の管理などにはきっちりしている方でした。

 

だから、そういう点では、父は先々を読んで効率的に判断して動くし、そうすることの後々のメリットを重視していたので、それができない・しない理由がわからないという感覚なのでしょうね。

なのでつい、「もっとこうしたらいいのに」と言ってしまうのだと思います。

 

しかも悪いことに、そういうときの父の声は大きめで、口調がきつい。

大きい声ときつい口調って、それだけで落ち着かなくて不快な感じするでしょう?

すごく責められてる感を感じるんですよね。

 

その言われ方が嫌いだったので、いつか父に、

「何でそんなきつい言い方するん?もっと優しく言ったらいいやん!」

と言ったことがあるんですね。

 

すると父は、

「何もきついことあれへん。普通の言い方や。」

と、ケロッとしていたんです。

 

なんと、責めているつもりも、きつく聞こえるという自覚もなかったんですね。

「あ、これ天然なんや」と思った記憶があります。

だから、あの人きついなあ、怖いなあと思う人がいても、こんな風に案外本人は悪気がないことも多いから、真に受けて自分を責めたりしなくても大丈夫です。

 

ちなみに母は割とおっとりした方なので、何か子どもが失敗したら、「ああ、かわいそうに。大変やったねえ。」と共感が先に来る感じでした。

 

だから、何か悪いことがあったことは、父には知られたくないと思っていましたね。

父に知られると、大ごとになる、失敗してダメージを受けているのに、さらに責められて傷口に塩を塗られる、というイメージがあったので。

 

 

これ関連で覚えているエピソードがあります。

私が小学1、2年のとき、朝からのどが痛いか何か不調があったけれど、学校に行ったら、帰って来て熱が出たということがあったんですね。

 

で、上の自分の部屋で寝ていたら、父が仕事から帰って来て、母が経緯を話したところ、

「何で学校行かせてん!」

と強い口調で言っているのが、階下から聞こえました。

 

別に、それ以上キレるとか、母に暴力を振るうとか言うわけでもなかったし、今となっては、父にとってはただの会話だったとわかるのですが、

「私のせいでお母さんが責められている」

「お母さんを怒らないでほしい」

と、大そう悲しかったのを覚えています。

 

その後、部屋に様子を見に来た母の顔を見ると、ツーッと涙が出てきてしまって、母も私も、父に言われたことについては何も言わなかったけれど、

「何であんたが泣くの。」

と悲しげな笑顔で頭を撫でてくれたことも、鮮明に覚えています。

 

あーすごく優しかったし、まじめだったし、深刻に考えていたんだなあ、子どもの私は。

 

 

父は、自分の言い方で、女3人の機嫌が悪くなったり言い返されたりすることで、徐々に学習していき、今では瞬間的にカッとなって、きつい口調で言うことも少なくなりました。

「あんまりやいやい言うたら嫌われるからやめとこ。」とか言っています。

学習能力があったことがせめてもの救いです(笑)。

 

 

ですが、私が、何か失敗をしたとき、

「もっとこうしたらよかった」

「私はまちがったことをした」

と、後悔して過去の自分を責めがちなのは、この父の言いグセの影響もありそうな気がします。

 

また、自分に何かネガティブなことがあると、

愛情からの心配ではあるものの、

父がその原因と思われるできごとや人物を責める

=大きな声を出す

=大ごとになってしまう

という感じがするので、

大ごとにしたくない、

そのために、自分は大丈夫でないといけない、

自分の身に起こった困りごとは親には言ってはいけないと、

弱みを見せられなくなったところもある気がします。

 

いつも大丈夫で、ひょうひょうとしていないといけない。

自分が悲しんだり辛そうだったりするところを親が見ると、親が悲しんだり怒ったりするから。

それを見るのが辛いから。

 

自分が責められているのでなくても、親が何かに怒ったり大きな声を出しているのを見るのも怖くて不快だったんですよね。

 

とまあ、自分の思考グセのルーツがわかると、

なあんだ、親の呪縛に囚われていただけの話か。

だったらもう、それはたった一つの真実ではないのだから、書き換えようと思えます。

 

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【今日のワーク】  ←唐突w

お父さん、お母さんなど、あなたを育ててくれた身近な大人の口グセは、何でしたか?

それを聞いてあなたは、どんな感情を感じていましたか?

そこに、あなたの思考グセの一端があるかもしれません。

もしそれが不快なものなら、それは手放し、あらためて自分にとって快適な思考グセを構築ましょ。

 

 

 

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