仕事から帰って郵便受けを開けると、淡いグリーンの封筒が入っていた。
なじみの封筒。
前の会社の封筒。
退職時の人事からの説明で、失業保険を申請するのに必要な書類(←よくわかってない・笑)が必要かどうか聞かれた。
前の職場を退職する次の日から次の職場に所属することになっていたので、失業期間はないはずだが、コロナ感染拡大が始まっていたころだったので、万が一、内定取り消しなどという事態も一応想定して、送ってもらうことにした。
それが来ていたのだ。
幸い、その書類を使うことはなく済んだのだけれど。
緑の封筒を見ると、まだ切なくなってしまう。
大学時代、第2外国語はフランス語を選択していたのだが、「星の王子さま」をちょっとずつ訳していく授業があった。
有名な話なので、ご存知の方も多いと思うが、こんな一説がある(例のごとくうろ覚えです・笑)。
小さな星に住んでいる小さな王子さまは、その星に1本しかないバラの花をとても大事に世話していた。
この世でたった1つのきれいな特別なバラだと思って、水をやったり虫を取ってあげたりと、それはそれは大事にしていた。
しかし地球にやってきたら、同じようなバラが何本もあった。
王子さまはショックを受けて泣いた。
「僕が大事に世話していたバラは、たった1つのバラじゃなかった。
こんなにもたくさんある、ありふれたバラだったんだ。」
そこで、王子さまと友達になったキツネが言う。
「僕は、今まで、ニワトリにしか興味がなかった。
金色に実る小麦を見ても、なんとも思わなかった。
でも今は、金色の小麦を見たら、君の金色の髪を思い出してさみしくなるよ。
君は君のバラの世話をしてあげた。
だから君のバラは世界でたった1つの特別なバラだ。
大切なものは目には見えない。」
いかにも素人が原文を訳した風のわかりにくさだが、だからこそ、訳者の意訳が入らず、原作者の言いたいことが自分で解釈できるからいいのだ(笑)。
その授業の先生は、
「世間ではよくこの部分が、『大切なものは目には見えない、心で見える』といったように何となく訳されているが、『大切なものは関係において見える』ということだと思う。」
と言っていた。
キツネにとって、小麦はどうでもいいものだった。でもそれが、王子と友達になったことによって、小麦は王子を思い出させる特別なものになった。
そして王子が小さな自分の星で、たった1本しかない特別なものと思って育てていたバラだが、実は地球には同じようなバラがたくさんあった。
でも、王子が手間暇かけて世話をしたバラは、まぎれもなくそのバラだけなのだ。
まぎれもなくそれは、王子にとって宇宙で1つだけの、特別なバラなのだ。
物理的には同じものでも、世間的にはありふれたものでも、そこに関わりができ、関係ができると、それは心理的には特別なものになる。
そういうことを、作者のサンテグジュペリは言いたいんだと思う、と先生は言っていた。
緑は前の会社のイメージカラーだった。
前の会社は、初めて正社員になって社会人として働き始めた職場。
採用面接の数日後、緑の封筒が届いて、ドキドキしながら開けて、採用の通知をみて、妹と飛び上がって喜んだ。
うれしかったなあ。
やっとこれまで勉強したことを実践できる、専門職として働けるということが楽しみだった。
長い学生生活を終え、やっと働き始めて、これからすべてにおいて自分は成長していく、そんな希望に満ちていた。
初めての職場で、比べるものもなく、すべてを好意的にとらえていた。
採用通知に始まり、その後もこの緑の封筒と一緒に仕事してきたな。
顧客や関係機関に書類を作って送ったり、パンフレットや募集要項を入れて学生さんに渡して採用活動もした。
この何の変哲もない淡いグリーンの封筒は、私の特別で大切だ。
あの会社で、泣いて笑って、助けたり助けられたり、失敗したり成長したり、仲間とわちゃわちゃした日々と結びついている、特別な封筒。
本当に好きだったんだなあ。
今度の会社の封筒は、淡いサーモンピンク。
でもまだ緑が抜けない。
無理に抜かなくていいか。
緑を無理に洗い流すんじゃなくて、サーモンピンクを新たにパレットに加えよう。
特別がなくなったんじゃなくて、増えていくだけ。
生きていくって、そういうことかな。
今日のBGM グッドモーニングアメリカ「餞の歌」