'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

待っていると長いもの。

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待っていると長いもの。

#5分だから

#3分じゃないから

 

 

 

 

おはようございます、カウンセラーいなこです。

 

いやあ、ブログ2日休んだあと、詩的な感じで再開、いかがでしたか?

誰が興味あんねん!(笑)

ついこうして茶化してしまう、笑いに目がない照れ屋のいなこです(笑)。

 

ブログ書かないこと自体、別に大したことでもないし、どうぞご勝手にって話なんですけど(笑)、ずーっと続けていたら、記録途切れるのは残念になるものです。

 

毎日続けるのがいいブログですとか、毎日がんばってます!みたいな人見るとザワつくし(笑)。

 

 

何かいっぱいこっぱずかしいこと書いてますねー、ここ最近も、もっと前も、定期的に(笑)。

 

 

 

私、5月に新しい職場に来たから、私にとっては6月は五月病になってもおかしくない時期(←ややこしい・笑)やったよなあと改めて思いました。

 

 

同じ業界とはいえ、やっぱりぜんぜん違うし。

 

前のとこも恋しいし。

 

 

それで、前の職場辞めたことについて、まだまだ迷っていたし、自分を責めていました。

 

 

「すごい人」になりたくて、ここではないどこかに行けばそうなれると思って、飛び出しただけじゃないかって。

ほんとはそんな根性ないのに。

 

自己肯定感の低さから、今の恵まれた環境を捨てて、もっともっとと求めてしまったんじゃないかと。

 

 

だから、この転職を肯定するためには、カウンセラーなり、イラストレーター なりで、成功する必要がある。

同じこの職種のままやっていくなら、前の職場を離れた意味がなくなるから。

 

 

でもそれも、できるかわからない不確かな世界。

 

どうせできないかもしれないのに、やっぱり前の職場をバカな夢見て離れたのは失敗だった、今の自分を肯定できないことから、ここではないどこかを夢みてしまった中二病(中年の危機とも言う・笑)だった。

 

誰でも、一度くらいは、今の仕事を辞めたいなと思って転職サイト見たりすることはあるだろうけど、その一線を結局越えなかった人を見ては、ほんとに越えてしまった自分を、自ら幸せを壊していばらの道を行く、肝心なとこでどこか要領の悪い、損ばかりしてる無駄の多いやつだなと、どこか悲しく思っていたんです。

 

前の職場で続けながら、カウンセラー講座をこっそり受けて、安全なまま準備するのが一番要領の良いゴールデンスタンダードだったんじゃないかって。

でも、この退職がよかったのか不安になりすぎたから、いろいろ検索しまくって、後に師事することになる、カウンセラー根本裕幸氏に出会って今があるんですけどね。

(ここがややこしい(笑)。カウンセラーになるために前の職場を辞めたわけじゃないんですよ、元はイラストの仕事を本気でやってみようっていうので、副業OKのところに移ろうと思ったんです。でもやっぱり間違いだったかもと不安でいろいろ検索しまくっていたときにカウンセラーの根本師匠を知ったという。それで元々カウンセリングも興味あったし、絵を描く以上に私には自然にやりやすいことのように感じたし、ちょうどそのタイミングでされていた弟子入りの募集に思いきって申し込んだんです。)

 

 

そして、どうせ夢が叶わないならと、慣れない新しい職場と、なじみの前の職場を比較して、前を恋しく思って、辞めたのはやっぱり間違いだったと思えてきていたけれど、やっぱり、前の職場にいたときも、このまま、穏やかで安全だけど、ずーっとこれでいいのかという葛藤はやっぱり確かにあったことを、感覚的に思い出したんです。

 

 

同じことの繰り返しな気がしていて、でも、工夫次第でできることはあった。

でもその工夫をしたいと思えるほど、興味を持てなくなってきていたのは事実です。

やらなきゃと思ったら何とかできるけど、どうしても気が重くて。

 

みんなのことは好きだったけど、だからってずっと一緒にいるために、自分のしたいこと追求しないのも違う気がして。

 

 

自分の職種の本分以上に、患者さんと接することそのものや、後輩の心のケアしたりするほうが好きで、そういうことを仕事のメインにしたいっていう思いも確かにあったんです。

 

だから、カウンセラーに挑戦してみようって思ったよなって。

 

 

すべてが、今ここじゃないところにいる青い鳥を探すためにやってしまったことではないよな、と。

 

いや、自己肯定感の低さから、前の穏やかな日々を捨ててしまった部分もまったくないとは言えないけれど、それでも、もう私は、新しい道を選んだ。

 

そして、うまくいくまでの過程も含めて、楽しもうと思ったよな。

それで思い切ったよな。

大変なこともあるかもしれないし、すぐには結果は出ないかもしれないけれど、それもドラマティックなことだと、その過程も楽しめばいいと、そう思って決断したよな。

失敗したら、失敗でしたわーって笑えばいいって思ったよな、って。

 

そういう初心みたいなことを、久しぶりに、感覚的に思い出したんです。

いや、このブログにも、何度か書いてました。

 

 

今は私にとっては五月病くらいの時期だし、おまけにコロナもあって好きなところに好きな人といけなかったりもしたし、新しい生活様式がいつまで続くかわからない状況だし、新しい職場と同時に、新しくカウンセラー講座も始まったし、いろいろ疲れて当然の時期だよな。

 

 

退職、転職を決めたのは、そのときの自分としては、いろいろ考えた末だったよな。

自己肯定感の低さからの判断もあったかもしれないけど、自分なりにはよく考えたよな。

 

だからもう、その決断の是非を考えるのはもうやめよう。

そのことで自分を責めるのはもうやめよう。

こんなに怖いこと、私はがんばったんだから。

間違ったかもしれないことも含めて、自分を許そう。

 

 

今は、やること多い割に、まだこれといった何の結果も出ない時期で、しんどいときだけど、この過程そのものも、人生の宝物だと思って、やっていこう。

 



あーでも、私にとっては、「やりたいこと」と「仲間」は同じくらい大事だったのかもなあ……。だからこんなに痛いのかも。

うん、でもそれも、やってみてわかったことだもんな。

 

 



 

待っていると長いもの。


でも、少しずつ少しずつでも歩けば、少しずつ近づいていくはず。

 

 

 

 

信じよう。

 

私には、それが今まで一番難しかったんだけど。

 

これは、自分を信じられずにくすぶっていた女性が、怖がりながら、行ったり来たりぐるぐるしながらも1つずつ、自分を信頼して、きらめいていく物語なんだ。

 

 

 

そんなことを思って、心斎橋のカフェでiPhoneに打つ、日曜日の夕方でした。

 

 

 

七夕ですね。

 

 

 

 

 

 

今日のエンディング

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