'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

原因不明の生きづらさの正体

原因不明の生きづらさの正体

 

  

「ぺこぱ」は、アイシャドウの人の個人名だと思っていました。

 

'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

 

このブログのタイトルにした、

'それなりに'うまくいっている」。

 

これは、私がずっと感じてきたことです。

 

明日の暮らしに困るわけでもない。

そこそこうまくいっている人生に思うけれど、

でも、幸せ?と聞かれたら、

「まあ、それなりに。」

とニヒルな笑顔で答えるのが精一杯。 

 

 

そして、

生きづらい。

 

そう気づきだしました。

 

いや、生きづらいって気づいただけまだマシです。

それさえも、自覚がなかったですから。

 

はっきり自覚しだしたのは、

30過ぎですかね。

 

友達や妹が結婚しだして、

今までと同じような遊び方ができる人が減ってきた頃かなあ。

 

それまでも、

結婚したいとか口では言ってたけど、

実際には、そのままの生活に、さして困っていませんでした。

 

仕事もまだまだこれから向上していくって確信していたし、

今いる人と遊んでいるのが楽しいし。

 

友達にも妹にも、

ずっと一緒にこのままいようよ〜

っていう気持ちがありました。

 

 

それが、

30過ぎてだんだんと周りが結婚したりしだして、

このままではいけないんじゃないか?

という思いが芽生えてきたように思います。

 

 

加えて、30歳という年齢の重み。

 

今思えば、

30なんて若い若い!

って思いますが、

そうですよ、アラサーのみなさん!

今を嘆いてむだにするんじゃないよ!

その頃は、

「もうこんな年」

って感じがして、

ちょっとずついろんなことに焦り始めたんだと思います。

 

 

斜陽。

の始まりです。

悲しい言い方するなや。

笑。

 

 

ただ、

周りが結婚しだしたから生きづらくなったのか、

30歳を超えたから、生きづらくなったのか、

というと、

そういうことではないと思います。

 

 

それは、

生きづらさに気づくための、

単なる「きっかけ」

に過ぎない。

 

ただのトリガーポイントです。

 

 

生きづらさは、たぶんもうそのずーっと前からあったんです。

 

同じような環境の人たちと、わいわいしているから、

自分の他人軸具合に気づかなかっただけ。

 

だんだんと道が分かれてくる年齢になって、

学生、新社会人という「修行期間」を終えて、いろいろ自由に選べることに気づいて、

自分に元々あった、

他人軸なところや、

自己肯定感の低さが、

際立ってきたんだと思います。

 

 

かつ、ずっと、

人に迷惑をかけないように、とか、

なんでも自分でできるように、とか、

できる限り高みを目指す、とか

そういうのが当たり前と思っていました。

 

しんどいこともあるけど、

人生ってこんなもんかなって思ってたんです。

そう簡単にうまくいかない。

苦労するのはいいこと。

がんばってたらいつか報われる。

みたいな。

 

それも、自分がだんだんと歳をとることで、

ん?「いつか報われる」の「いつか」っていつ?

もうそろそろ報われてもいいのでは?

いつかのために、今を犠牲にし続けるって、違うのかもしれない・・・

と疑問に思い出したのかもしれません。

 

 

そしてその頃、

カウンセリングや心理学が、加速度的にブームになっていた頃だったと思います。

 

「がんばらない」

「ありのまま」

みたいなフレーズがもてはやされ始めた頃です。

 

 

そんな時流も手伝って、

ん?そんな苦労しなくても、もっと、今すぐ思いっきり幸せになってもいいのかも?

もっと自分に可能性を見てもいいのかも?

もっと自分を使いきって死にたい!

に始まって、

 

その過程で、

私は生きづらいのか?

っていうことに気づき始めたんですね。

 

 

そこから、本当の意味での「がんばらない」、「ありのまま」を理解するのには、だいぶ時間がかかりましたが。

つい最近、わかってきたくらいの感じです(笑)。

その話は長くなるのでまたの機会に。

 

 

 

ということでとりあえず、

どうやら私は生きづらいらしい。

ということには気づいた。

 

 

そういうのには、生い立ちが影響していることが多いと言うけれど、

じゃあ、私はどうだったかと考えても、

思い当たらなかったんですよね。

 

基本的に、両親は、何より私たち子どものことが好きって思えていましたし、

特別ひどいことをされたという思い出もないし。

 

原因不明の生きづらさ。

 

 

だけど、

原因不明なんてことは、まったくなかった。

 

いっぱい我慢していました。

いっぱい自分に制限をかけていました。

いっぱい傷ついていました。

 

 

直接わかりやすく、誰かに暴言を吐かれたとか、暴力を振るわれたとかじゃなかったから、わかりにくかったんですよね。

 

直接暴言暴力を受けていなくても、

親の機嫌をうかがっていたとか、

親の持っていた窮屈な思いこみがいつの間にか自分にも自然に、でも深く、染みついていたとか、

自分がどうかより、親の喜びそうなことを、無意識に選んでいたとか、

そんなことが結構ありました。

 

それこそほんと、気づくのにだいーぶかかりました。

カウンセラー修行を始めたこの1年、

特にここ数ヶ月でタンタンタン!と進んだくらいです。

 

 

それほど自分のことって、

ずーっと慣れっこになっているから、気づきにくいんですよね。

 

いいことも悪いことも、

「こんなもんかなあ」と気づきにくい。

 

過去についても、

ピンポイントで辛かったことがあっても、全体的には問題なかったと、

大まかな印象で捉えていることもあります。

 

本当はすごく辛かったけれど、

それをまともに感じるのは自分が惨めだから、

「あんなのは大したことないことだった」

って思考で封印したり、

 

やさしい人は、

「私も辛かったけれど、相手も大変だったんだ」と、

自分の傷も癒えないままに、

相手を思いやって、納得しようとしたり。

 

「自分はまちがった育て方をされてはいない」と思いたい、

親を悪く思いたくない、

というのもあるかもしれません。

 

 

こういうのは、どんな風に育っても、程度の差こそあれ、そんなにめずらしいことではないかもなあとも思います。

 

こだわりないおうち(笑)で育っていて、多少口が悪かったり、多少家がぐちゃぐちゃだったり、多少お行儀が悪かったりしても(笑)、

私が大丈夫かなあと悩んでいることに、

「まあどうにかなるやろ」とか、

「別にそんなんテキトーでええやん」

とか言ってくれる人が好きです(笑)。

そういう人がいると、ホッとしてうれしくなります(笑)。

いやもちろん、内容によっては、ちゃんと考えろや!ってこともあるけど(笑)。

 

 

まあとにかく私も、そんなこんなで、ちょっとずつちょっとずつ、

「原因不明の生きづらさ」の原因を見つけて、ほどいていっているところです。

 

 

大きく道を外れるような、華やかなことはできず、

常識の範囲内で、それなりに生きてきたら、

それなりの結果は出せた。

 

だけど、

「このままで終わりたくない」

という気持ちは、ずっとくすぶっていました。

 

 

この、「このままで終わりたくない」という思いの、

1/3は、特別意識を伴った中二病(笑)、

1/3は、自己肯定感の低さを補いたい気持ち、

だけど最後の1/3は、「お前はもっと咲けるぞ」という、自分の中からの叫びのように思います。

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私は、転職を大きなきっかけとして、

「それなり」を脱しようとしました。

 

退職後1年近くは(要は今日(こんにち)まで・笑)、

「『それなり』さえ失ってしまって、もう私には何もなくなってしまった」

と悲しくて怖くて不安でしたし、

 

「それなり」の中にも、幸せや、ありがたいことが、いっぱいあったことにも気づきました。

 

 

あのまま、「それなり」の中にいても、

私は幸せだったと思います。

 

ただ、その中にいたら、その幸せには、なかなか気づけなかったのかもしれません。

 

 

「それなり」を飛び出すのは、とても怖かったです。

 

正直今でも、怖くも思っていますし、

これが正解だったのかもわかりません。

 

だけど、思いきってみて、

やっていけるのかわからないまま、やってみたいカウンセラーという仕事に取り組み出して、

一本柱が立って、

「それなり感」はなくなりました。

単に、感じている暇がないだけかな?(笑)

 

 

生きてる感はある。

 

退職してこの1年近くの間、無謀なことをしたと、ずいぶん自分を責めましたが、

今は、少しだけ、こんなに怖いことをよくがんばったなと、少しずつは、自分を誇れるようになってきました。

 

 

 

生い立ちに、大した問題はないと思うのに、

なぜか生きづらい。

何かパッとしない。

このままで終わりたくない。

 

そんな思いを抱えているあなたへ。

 

「幸せ?」と聞かれて、

思いっきり

「幸せ!」

と、満面の笑みで答えてみたくありませんか?

 

 

「思いっきり幸せ」というのは、

単に、地位も名誉もお金も素敵なパートナーシップもすべてを手に入れるというのとは、少しニュアンスが違います。

 

それなりの無難な今をかなぐり捨てて、

リスクをものともせず、もっと攻めて生きろ!

ということでもありません。

 

 

もっともっと奥深くて豊かで熱い自分を知って、

この1度きりの人生を、どんな形であれ、思いっきり満喫して生きるという意味で言っています。

 

思いっきり、余すことなく、自分を咲き誇るということです。

 

 

私と同じように、そんな思いを抱えている方と、単純に出会いたいというのもありましたし、

「’それなりに’うまくいっている」という、何とも解決のとっかかりをつかみにくいお題に、一緒に臨みたいという思いもあり、

このブログのタイトルを決めました。

 

 

そんな人に、思いっきり開花してほしい、

そして、

私も思いっきり開花したいのです。

 

 

開花したいあなたのことを、お待ちしております(^^)

 

 

 

 

 

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