'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」悪くない人生のはずなのに、心から幸せと言いきれない、このままで終わりたくないと思ってしまう。そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

【ご相談】自分にしみついた不幸を好むような観念を手放したいー無理に手放そうとせず、まずは一歩引いて見てみることからー

【ご相談】自分にしみついた不幸を好むような観念を手放したいー無理に手放そうとせず、まずは一歩引いて見てみることからー

 

 

‘それなりに’うまくいっている→を→‘おもいっきり’しあわせに

こんにちは、カウンセラーいなこです。

 

本日は オンラインカウンセリング無料相談 | ココロノマルシェにいただいたご相談にお答えします。

▽元のご相談文はこちら

大病を患った可能性に安心している自分と強迫観念について - ココロノマルシェ

 

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どなたでも何度でも匿名でご相談いただけますので、お気軽にご利用ください(^▽^)

 

 

【ご相談】大病を患った可能性に安心している自分と強迫観念について

30代女性です。先日体調に違和感を覚え病院で検査した所、大病の可能性が出て再検査となりました。

その結果にどこか安心・冷静な自分がおり、本音を書き出した所

1.今まで感じていた鬱の様な症状も、気の迷いや性格ではなく病気のせいだったと証明できる

2.病気を理由に、「無理してでも馬車馬の様に働かなければ価値がない」という自分の強迫思考をようやく止められる(というか自分を説得できる)

3.病気という不幸を得ることで、これから来る幸福を迷いなく受け取れる資格ができた(=何も失わずして自分が手放しで幸福になることはありえない)

という本音が隠れていた事に気づきました。

幼少期や思春期などの経験から自己肯定感がかなり低く、

「馬車馬の様に働かなければ価値がない、

鬱のような大病になれば退職して良い」

「幸福の前兆には不幸がある、

幸と不幸は絶対的なバランスである」

といった強迫観念があり、自分でも酷く悩まされています。

今年の初めは思い切って退職し、好きな街に引っ越しましたが、あまりにも自由であり、自分が今幸せな状況にいる事が逆に耐えられなくなり希死念慮に苛まれました。

それらの経験を通し、自分は問題を抱えている事が好きなのだという事がわかりました。

正直大病かどうかの結果よりも、この状況下で安心してしまっている自分の思考のほうがマズイのではないかとようやく自覚しました。

自己肯定感を意識したり、とにかく自分にできることは色々していますがやはり絶対的な強迫観念が抜けません。

もはや人生のテーマのようにもなっています。

ただ、もうひとりの自分はその思考に疲れ切っていて、逃げたい、もう疲れた、と何年も前からSOSを出しています。

なのにやはり抜けることができません。

私は母子家庭で育ち、幼少期から「良い子でいる、優等生、母に迷惑をかけない」生き方をし、容姿でからかわれる辛さから勉強に居場所を見出していたこともあり、無茶が重なって小6頃にはじめて自傷行為(母は知ってますが重要視していない)。

また、自分がワクワクしてしたことが報われなかった経験も色々あったり、幼い頃遊んでいた最中にうっかりミスをして驚いて失神をしたり海で溺れて自力で陸までたどり着いたりと、色々なトラウマが多いことを自覚しています。

「成績優秀でいなければ」という観念が強すぎて、中学生の定期テストで提出1分前にケアレスミスを見つけて首が硬直→それから危機を感じたときは首の硬直という症状が出ることで長い事悩まされていました。

兄弟も親も希死念慮に悩んでいた経験を知っています。

正直実家との物理的な距離を置きたくて違う街に引っ越した理由もあるため、大病を理由に実家に戻ることになったら今度こそ本当に自分が危険な考えを持ってしまうかもしれないと怖いです。

とにかく一刻も早くこの思考から脱却したい。

長くなりましたが、ほんの少しでも良いのでアドバイスをくれるととてもありがたいです。

ビーさん

 

 

 

 

【いなこからの回答】

ビーさん、ご病気の再検査はもう済まされましたでしょうか。

 

大変でしたね。

適切な検査、必要であれば治療をされてお大事になさってくださいね。

 

 

ですが、そんな状況で、

>1.今まで感じていた鬱の様な症状も、気の迷いや性格ではなく病気のせいだったと証明できる

と、どこか安心しているということですが、

不調の原因に診断名がついて(ビーさんの場合、このご相談文の時点ではまだついていませんが)、安心したというのはよく聞くお話です。

 

原因不明の不調では、

治し方もわかりませんし、

何らかの診断名がつけば、

人にも説明しやすく、

その不調がある意味、

社会的に認められたということですからね。

 

なので、その点で安心したというのは、

まったくおかしなことではないかなと

私は思いました。

 

> 2.病気を理由に、「無理してでも馬車馬の様に働かなければ価値がない」という自分の強迫思考をようやく止められる(というか自分を説得できる)

 

というのも、心理学的な解釈では

よく聞くお話です。

わかりやすい理由がないと休めないから、

無意識に自分がそうしたんだ。

という解釈ですね。

 

ビーさんのこれまでのお話を拝読すると、

ほんとに自分に厳しくこられたんだなあ

ということがわかります。

 

常に自分を追い立てて、

心休まる間がなかったのではないでしょうか。

 

一方で、とても生命力の強い方だとも

感じました。

エネルギー、セクシャリティ

言い換えてもいいですね。

 

エネルギーが強いので、

その針の振り幅も大きいんですね。

自分を否定する方に振れれば、

とことん自分を酷使し、

傷つけることもできますが、

肯定する方に振ることができれば、

すばらしい恩恵を受けられるということです。

 

もういい加減、肯定する方に振るために、

この再検査というきっかけを、

無意識に自分に与えたのではないかと

思われたんですね。

 

 

>3.病気という不幸を得ることで、これから来る幸福を迷いなく受け取れる資格ができた(=何も失わずして自分が手放しで幸福になることはありえない)

 

この考えもありがちですよね(^^;;

ビーさんに限らず、

日本人なら多少なりとも誰でも

持っているのではないかと思います(^^;;

 

「何も失わずして

自分が手放しで幸福になることはありえない」というような逸話や昔話を、

子どもの頃から

たくさん刷りこまれてきた気がします。

 

戒めのために先人が作ったんでしょうが、

そんな、幸せに天井があるような思いこみを

植え付けるなよなー(怒)

と腹立たしいです、私も。笑

 

 

さて、この思いこみ、観念と言いますが、

ビーさんが勘づかれた通り、

おそらく自分に多大な影響を与えています。

 

人は自分の持つ観念通りに、

できごとを解釈し、

観念に沿った行動をしますから。

 

「世界は自分が創る」という

引き寄せの法則も、同じことですよね。

 

根付いている観念を書き換えるのは、

根気強く取り組む必要がありますが、

まず自分の観念に気づけたことが

めっっちゃくちゃ大きな一歩です!!!

 

観念は、その持ち主には、

それがたった1つの

この世の真実のように思えます。

 

それがこの世の真実ではなく、

ただの自分の考えなのでは?

と疑えたということですから。

 

 

ということで、自分の中の観念を、吟味してみてください。

 

 

一例として、

 

何も失わずして

自分が手放しで幸福になることはありえない

 

という観念。

 

 

これは絶対に本当と言い切れるでしょうか?

どんな時も、

この先も、

絶対にそうでしょうか?

 

 

この観念は、あなたを幸せにするでしょうか?

この観念があると、

ビーさんはどうなりますか?

 

 

この観念は持っていた方がいいでしょうか?

手放した方がいいでしょうか?

その理由は?

 

 

この観念の逆は、どうでしょうか?

 

何も失わずに

自分が手放しで幸福になることは十分ありえる。

 

これは、100パーセント嘘でしょうか?

 

 

この観念は手放した方がいいなーと思っても、無理に手放す必要はありません。

 

手放さねば!と思うと、

かえってとらわれてしまいます。

 

まずはただ、自動的に、

その観念に従った思考をして、

それが当然の真実のように感じていたのを

やめてみるだけでいいんです。

 

ただ、立ち止まってみる。

1度引きで見てみる。

こうして吟味してみる。

 

 

そして、

ああ、

これはただの私の考えにすぎないんだな。

と気づく。

 

まずはそれを繰り返ししてみてください。

 

 

いきなりその観念を手放せなくても、

これがたった1つのこの世の真実ではない、

私の考えの1つに過ぎないということを、

要所要所で気づくだけで、かなり違います。

 

無理に手放さなくても、

それを繰り返していると、

あるとき、

あれ、何で私こんなこと信じてるんだろ?

とバカバカしくなる瞬間が来ます。

 

そしていつしか、

その観念からだいぶ自由になれていることに

気づくようになります。

 

 

また、その観念の基盤には、

痛みや怖れがあるんですね。

 

たとえば、

自分には価値がないのではないか、とか

お母さんのいい娘ではなかったのではないかとか。

そう思うようになったきっかけのときに感じた

痛みが。

 

それを癒していくのも、

観念の手放しにとても有効です。

よければカウンセリングもご活用くださいね。

 

 

ずっと応援しています(^▽^)

ご相談ありがとうございました!

 

 

 

私も手放したい観念はまだまだいっぱいあるんですよ〜(^^;

時間があれば近所のコメダ珈琲で書き出して吟味してます

コメダ珈琲最高!

椅子の座り心地も長居のしやすさも(^^;;

感謝。

 

 

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