'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」  そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

私は自分の価値を認めようとがんばってるのに、他人が否定してくるんです。

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おはようございます、カウンセラーいなこです。

 

 

昨日、他の誰かがほめられていると、それに当てはまっていない自分は否定されているように感じるという話を書きました。

でもそれは結局、自分が自分を否定しているからだよね、という結論だったのですが、

「いやいや、でも、私は自分を否定しないようにがんばっているのに、自分以外の他人が私を否定してくることがあってくじけます。その場合はどうしたらいいのですか?」

というご質問をいただいたので(妄想)、今日はそれについてお話してみたいと思います。

 

 

引き続き、昨日の私の例を使うと、まず、

「結婚している人は魅力的な女性だ」と誰かが言っているのを聞くと、ということは、結婚していない私は魅力的ではないのか、とへこんでしまう。

でも実際には、そんなことはひとことも言われていない。結局自分がそう思って自己否定しているから、勝手に先読み深読みしてへこんでるだけだよね。

だからその、自分をへこませる自動的な先読み深読みに気づいて、修正していこう、という話でした。

 

 

そこで、そう思って、修正しようとがんばります。

結婚しているとかしていないとか、そういう条件は人の本質的な価値とは関係ない。

私は無条件でかけがえのない存在なんだ。

そう思おうと努力します。

そう思うと努力しているのに、それを打ち砕くように、

 

「やっぱりいい年して結婚してないっていうのは何かある」

「いい人から売れていく」

 

とか言う輩が出てくるんですよー!!!

 

腹立ちますよねーーー!!!(怒怒怒)

 

 

ほら、やっぱり、自分で自分を認めようとしたって、世間はそうは思ってくれへんやん!

自分だけが自分の価値を認めたって、そういう、「変わってる人」、「残念な人」、「かわいそうな人」という世間からの視線に耐えながら生きていかなあかんねんやんーーー!!!

 

ここでくじけます。やさぐれます。

自分で自分の価値を認めたらなんたらかんたらとか、所詮きれいごとやないかい!と。

 

 

だけど、心理学では、これも、自分が気にしているからそういうことを言う人が出てくるのだ、自分が自分の価値を認められるようになると、そういう人はいなくなる、いても気にならなくなるとのたまいます。

 

いやいや、そんな不思議なことってある???

自分が気にしなくなったら、そのイヤなやつが消えていなくなるんかい!

 

っていうか、そのイヤな、人の気持ちを踏みにじってバカにしてくるやつ、思いやりのない一言で人の決意をくじいてくるそいつを、私は罰してほしいのヨ。

悪いのは、どう考えてもあいつでしょ!

そいつをぎゃふんと言わせたいのっ!

 

心無いことを考えなしにほざいて人を傷つけるやつが出てくるのは、自分が気にしているせいです、あなたが自己否定しているからそうなるのですって、ぜんぶぜんぶ私のせいかい!

どこまで私一人に負荷かけたら気ぃ済むねん!!!

 

 

ふー、慣れない汚いことば遣いをして疲れてしまいました。

え、上手でした?

 

 

自分で自分を肯定できたら、そういう傷つけること言うやつはいなくなる、気にならなくなるって、そうなのかもしれないけど、なーんか納得いかないですよねー(笑)。

 

 

 

まあでも、こういうことかなと思うんです。

 

たとえば、「1+1=7だよ?そんなことも知らないの?バカじゃない?」と言ってくる人がいたら、「?」ってなりますよね?

「この人何を言ってるんだろう……変な人……」と。

 

その後、

「1+1=2だと思ってたけど、7だったのか!私、今まで何を信じてきたんだろう?ずっと2と思っていた自分が恥ずかしい、なんでこんなに私はバカなんだろう……」

なんてぐるぐる悩んだり自分を責めたりは、けっしてしないですよね。

 

そういうことなんです。

たぶん。

 

自分の価値を、「1+1=2」レベルで当たり前のこととして信じられていたら、それを否定するような発言を聞いても、「おうおう、あんさん見る目ないのう」ってなるんです。

「見る目ないのう」も若干怒りがこもっているので(怒りがあるということは、まだこだわりがあるということ)、「ふーん、この人はそういう考えなんだ。私とは違うなあ。」くらいにフラットに流せるのが、理想的ですね。

 

そう、自分の価値を当然のこととして認めていたら、相反する意見を聞いても揺るがないということなんです。

 

 

以前、このブログでご紹介した、さとうみつろうさんの「0Lei」という本に、明日香という離婚歴が3回ある女性がいて、そんなに綺麗なのに3回も離婚してるの?と聞かれるシーンがあるのですが、そこで明日香は、

 

「いいか、確率的には『美しいから』いっぱい離婚するんじゃねーか。ブサイクだったら誰も引いてくれないんだからな。」

 

と言うんですね。

 

とっさにこう反論できる明日香が、私はかっこいいなーと思ったんです。

 

私が明日香の立場だったら、

「そうなんですよ……恥ずかしながら3回も離婚しちゃって。」ときまり悪そうに答えて、やっぱり離婚3回はヤバイと思われてるよな……とへこむと思います。(そう、私は結局、どんな状況でもきっと自己嫌悪するのです!)

 

もしも大事な人がバカにされていたら、私は、「おいこら貴様、どういうつもりで言うとんねん」とまではいかなくても、反論、フォローすると思います。

でも、自分のためにとっさに反論、フォローできるかというと、できない。

それどころか、心無いことばをそのまま引き受けて取り入れて、傷ついちゃうんですよね。

だから、自分のためにとっさに迷いなく反論できる明日香が、すてきだなと思ったんです。

 

 

こういうとき、なぜか相手の言うことが100%正しくて、自分が100%間違っているかのように思考してしまう。

その逆の可能性はなぜか考えない。

 

そしてこれが、ほめことばだったとしたら、まったく反対のことが自分の中で起こるのです。

いいことを言ってくれても、「そんなことない、お世辞だ、気を遣って大げさに言ってくれている」と相手のことばをすべて否定する。 

 

これらはすべて、「自分には価値がない」という確固たる信念の下、自分が行っている思考、行動なのです。

 

まあよくもここまで否定し続けて、今日まで生き延びてきた自分に乾杯(笑)。

こんなこと、他人にしていたら、とんでもないハラスメント、虐待ですよね(汗)。

 

 

 

ということで、やっぱり、イヤなこと言って傷つけてくるやつの存在も発言も、すべて自分次第ということになるんです。

悔しいけど(笑)。

 

 

って頭ではわかっててもさー、いきなり自分の魅力を、「1+1=2」レベルで信じるって難しいよねー。

 

そんなときは、

 

これはこの人の考え、私とは違うし、この世の真実でもない。

私はその考えを信じたいの?

採用したいの?

それで私は幸せになるのかい?

 

と問いかけてください。

 

そして、私は自分を幸せにする考えを採用する!と、その都度決意してください。

だって、自分を幸せにしない考えなんか、握りしめる意味がないでしょ?(おめーな)

何度揺らいでもいいです。

その都度決意しなおせばいいです。

 

 

あとは、やっぱ考えが合わない人とは、とりあえず距離をとるのがいいかなー。

やっぱどうしても、考え方というか、波長が合わない人はいますよ。それは仕方ない。ただ合わないというだけで、あなたもそいつ(笑)も悪くない。

職場とか、どうしても一緒にいなきゃいけない場合もあるかもですが、フリートークの隙は可能な限り与えないように行動してください。もうそういうゲームだと思ってください(笑)。

 

 

 

ということで、

「いやいや、でも、私は自分を否定しないようにがんばっているのに、自分以外の他人が私を否定してくることがあってくじけます。その場合はどうしたらいいのですか?」

というご質問にお答えしました(妄想)。