'それなりに'うまくいっている→を→'おもいっきり'しあわせに

「それなりに恵まれている方だと思うし、それなりにうまくやってきた。・・・あれ、’それなり’って何だろう?」悪くない人生のはずなのに、心から幸せと言いきれない、このままで終わりたくないと思ってしまう。そんなあなたに’おもいっきり’のしあわせを。 @カウンセラーいなこ

「いっぺん死んでみるWS」を受けてみられない!

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そんなにいちいち考えてたら疲れるでしょう。

そうそうそんなふうにさあ、ゆるゆるしてたらいいんだよ。

 

 

 

 

カウンセラー・根本裕幸お弟子さん制度3期の弟子仲間の春香が、

「『いっぺん死んでみるWS』を受けてみた!」というブログ記事をあげていた。

「いっぺん死んでみるWS」を受けてみた! - LIFE ➕

 

このWS(ワークショップ)は、根本一門関係のものではないけれど、私もどなたかのブログで見て以前から知っていて、少し興味を持っていた。

 

自分が余命わずかで死んでいくという疑似体験を通して、自分がどう生きたいのか、何を大事にしているのかを確認するというワークショップなのだと思う。

死を意識することで、生が生きてくる、みたいな。

 

受けたことがない人間が紹介するのも限界があるので(笑)、詳しくは春香のブログ、

あるいは北村真代さんのブログをご覧ください。

その怒り、抑えなくていいよ。愛情だから。

 

 

  

ワークショップでは、死が近づくにつれ、持っているものを手放していくという選択を1つずつ進めていくみたい。

 

そして春香が最後に残したものは……夫だったと書いていた。

それが自分でも意外だったって書いてる。

 

 

たしかに。

日本って、「夫婦」単位より「家族」単位、パートナーより「子ども」をより大事にするという風潮が割とあるので、子どものいる家庭なら、1番はパートナーである「夫」、「妻」より、「子ども」となることが何かと多い気がする。

 

 

すてきだなあ。子どもより、元は赤の他人であった旦那さんが残ったんやあ。

 

 

すてきと思ったものの、それを見て、やっぱりこれ、私は受けても仕方ないかなと思う自分がいた。

 

 

 

私が受けたら、何を最後に残すんだろう。

 

 

仕事、とかではないよな、きっと。

 

友達とか、いっぱい好きな人はいるけど、でもたぶん最後に残るのは、家族系なのかな。

 

でも私、夫も子どももいないぞ。

 

親?

妹?

甥っ子?

いや、甥っ子は、かわいいし絶対に守りたい存在だけど、最後に残す人ではないよな。そこまで近くない、というか彼には彼の親がいるしな。

 

 

やっぱ親の一択か?

 

あー。最期のときに、自分が育ててもらった家族が残るってどうなんだろう。

アラフォーのいい大人が。

 

 

 

この年で、結婚もしたことなくて、子どももいなかったら、人としての大事な経験が欠けている気がしてしまう。

 

 

学校の先生が、保護者のお母さんに、「先生は結婚したこともないし、子どももいないからわからないでしょ!?」と責められてしまう感じ。

 

それを言われたら、何も言えねえ。

 

そう言っちゃうお母さんはお母さんで、わかってもらえなくて傷ついたことがあるんだろうけどさ。

 

 

人生の一大イベントを経験していないと、人として軽いというか、お気楽な人生送っている人、見識の狭い人と思われているような。

そんな引け目を、ときどきふと感じてしまう。

 

でもその代わりに私は、「家族を持って生活するのが一人前の当たり前」という風当たりの中1人がんばるっていう経験をしてるんだぞ、と言いたい気持ちもどこかに抱えながら(笑)。

 

 

 

このワークショップを受けても、最後に残るのはもう、親とかしかないよな。

それ以上に近い身内ないし。

他の選択肢がない。

ある意味、予想通りの結論。

春香みたいな感動の結論とか、新鮮な気づきには出会えないな、私は。

はあ。

大人になっても、基地が自分の育った家族って、子どもの頃からなんら成長してないやん。

 

 

そんな風に思って、私がこのワークショップを受けても仕方ない、と考えている自分がいた。

 

 

いやいや、受けてみて、本当にそうなのか確かめてみたらいいやん。

こういう自分こそ、何が大事なのか、究極の状態で見つめてみたらいいんじゃないん。

予想通り「親」だったとしても、そこに行きついた時の感情は、予想とは全然違うかもしれないし。

 

 

 

そして、こういうワークショップを受けたら、すごい感動をしなければいけないとか、世界の見え方が変わるような気づきを得なくちゃいけないとか、そんな「べき」があることにも気づいた。

 

 

いやいやいやいや、別に軽い気持ちで受けたらいいやん。

感動しようがしまいが、何を感じても自由やし。

 

 

 

 

うへー、私まだまだ自己否定してるーーー。

 

「べき」もまだあるなー。

 

 

 

受けるか否かを考えるだけで、すでに2つ気づき(笑)。

すごいワークショップだ(笑)。

 

 

 

春香は、たぶんパートナーがいるかどうかは関係ない、よかったらまた一緒に受けようと言ってくれた。

 

 

入りこめるかな。

私イメージワークとか苦手傾向だからな。

変に冷静で、イメージに入りこめない。

たぶん催眠術とかもかかりにくいタイプ(笑)。

 

 

 

 

 

それにしても自己否定って、ほんと、百害あって一利なしやねー。

「アラフォーで、結婚歴・子なしの自分はどこか欠けている」とか言うことは、私は、他の同じような境遇の人をも否定しているととられかねない。

 

違うんです、そんなつもりはないんです、毛頭。

もう、自分しか見えてないよな。

 

 

だけど、同じ境遇でも、それを否定していない人は、私のこの自己否定発言を聞いても、「へー、そんな風に思うんだー」とか、「そんなこと気にしちゃって、うふふお子さまね」くらいにしか思わないのだろうな。

 

 

すべては自分次第。

はい、1番気にしてて、1番責めてるのは自分ってことも、知ってます、頭では(笑)。

 

 

私の自己否定発言を聞いて、傷ついた人、腹が立った人は、私と同じ穴のムジナかもしれません(笑)。

 

 

 

いやいや、私はみんな好きですよ。

どんな経験しててもしてなくても。

目の前の、あなたという人をみるだけです。

 

 

そうね、そう自分に言ってやればいいのよね。

ごめんよ。

あ、ブログ書きながら初めてちょっと泣きそうかも(笑)。

 

 

 

 

いっぺん死んでみるWS。

上に書いたことは、全部受けたこともない私の想像なので、実際は全然違うと思います(笑)。

たぶんこんな私こそ、受けてみたらいい気がする(笑)。 

 

もちょっと考えて、受けたくなったそのときに、募集があれば、受けてみようかな。

すべてのタイミングが整ったときに。